もちろん女性でも自らを恥じる意識を持つことはありますが、男性の場合、「男なのに性被害に遭ってしまった」と思いつめる人が多いのです。男だから強くあらねばいけないのに、抵抗できてあたり前なのに、と自分のことを恥じます。
さらに、性的なトラウマを受けたときに、恐怖感や気持ち悪い感覚と共に性的な興奮を感じることも多いのです。女性にも当てはまる部分がありますが、これは体の自然な反応。熱いものを触ると「熱っ!」って反応することと同じです。特に男の子の場合、性的な興奮があったとき、もろに自分の勃起した性器を見て恥ずかしいと思います。「求めてしまった、興奮してしまった」というように。自分はおかしくて変なやつだと思い込むこともあります。
二つめは、性被害として認識しにくいという点。例えば12歳の男の子が、30歳の女性に性的なことを強要されたとします。暴力的な行為がなかったとしたら、恐怖感はないわけです。ただ何か嫌な感覚や、利用された感は残っても、「早くに経験できた」と認識する場合もあります。
子どもが性的な体験を友だちに話すことは稀ですが、もし話したとしても「ラッキーだな」とか言われるので、「性被害に遭った」という認識にはなりにくいでしょう。ただ大人へと成長するにつれて、いつしか異性や性行為に対して強く引きつけられたり、嫌悪感が出てくるようになります。そうして次第に「性被害だったのかも……」と思うようになります。
三つめは、自分の「性」が混乱することがある点。仮に被害者が小学生の男の子で、加害者が成人男性だった場合、その男の子にとってはそれが「初めての性体験」となってしまいます。本来であれば自分の性を探求したり、好きな人を見つけることは美しいもので、自然なプロセスです。しかし、そこに性被害という歪んだものを押し付けられると、自分の「性」について混乱します。「自分は本当は男が好きなんじゃないだろうか?」「自分は本当に男なのだろうか?」という考えにとらわれることがあります。
理解を深めるために、わかりやすく男女の共通点と3点の違いを挙げましたが、基本的には個々で違うということを強調させてください。性的な被害のことを誰かに話したり、専門家に相談することは、とても難しくて勇気がいることです。男性に関しては、説明にあげた点において、さらに相談するハードルがぐんと高くなります。
性被害のトラウマから回復する
こうした男性性被害について、どう対応すればよいのでしょうか?
一般的なカウンセリングのイメージでは、過去の性被害を他人に吐き出すように語ることが、回復への一番の近道とされてきました。心理カウンセリング最先端のアメリカあたりでも、1990年代まではそのような風潮があって、支援者も被害者も一緒になって取り組んできました。しかし、この方法でよくなることは稀で、中には悪くなる人も多くいました。
ここ10年間で脳科学やトラウマに関する研究・臨床が進み、今までのやり方が、大きな間違いだったことを専門家たちは痛感しました。その間違いとは、治療の初期段階で被害体験を扱いすぎたこと。被害者に語らせることで、過去のフラッシュバックを強めてしまうケースがありました。
さらに言語レベルだけのカウンセリングでは、あまり効果がないこともわかってきました。トラウマを受けると、心にも悪影響がありますが、何より身体に刻み込まれます。先述したように、トラウマを受けているときや受けた後には、「からだ」が過覚醒状態になったり、うつのように何も感じなくなる低覚醒状態になります。このように「からだ」レベル(神経システムのレベル)で影響が出るので、カウンセリングではそこに働きかける必要があります。
私のところへ相談に来た40代の男性は、職場で上司などとの関係に悩んでいました。年上の男性が苦手で、言われるがままになってしまうことが多々あるとか。後から聞いたところでは小学生の頃、近所に住む叔父さんから何度か性的な被害を受け、酒などに依存してごまかしてきたけれど、過去の出来事が「嫌な感覚」として蘇ってくる、ということでした。
相談に来たときの「からだ」は、覚醒状態だったと言えます。マシンガンのようにしゃべり続け、リラックスとは程遠い状態でした。そこで彼には、覚醒レベルを下げるスキルを学んでもらいました。例えば、地に足をつけるワークである「グラウンディング」を体験したり、今の覚醒レベルや体の状態に意識を向ける意味で「マインドフルネス」を習得してもらったり、呼吸に意識を向けたり、心地よい体験を思い出してもらってそれをゆっくり感じてみたり……。
それらを普段の生活の中で、一生懸命に実践してもらいました。そうすると少しずつ覚醒レベルが下がっていき、10回ほどのセッションを終えた頃には、過去の被害体験が生々しく蘇ってくることが減りました。年上の男性が苦手に感じられて、うまくいかなかった職場関係も改善されていきました。
さまざまな「からだ」レベルのワークをする中で、少しずつ過去の出来事を振り返ったりもしましたが、カウンセリングが終わる頃でも、私が性的なトラウマの詳細を知ることはありませんでした。過去の話をすることが決してダメなわけではなく、ある程度症状が落ち着いてから、回復のプロセスの後半で自身が体験したことを話す人もいます。
要は「からだ」レベルに働きかけるワークが必須なのです。こうした手法は日本でも注目されるようにはなってきていますが、まだまだ「傾聴するだけ」のカウンセリングを行っていることが多いのです。
支援体制はどうなっているのか?
男性の性被害に関して言えば、欧米での支援体制はしっかりしています。というより、日本がかなり遅れている状況です。私が14年間住んでいたカナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバー市を例に説明すると、バンクーバー都市圏の2016年の人口は約246万3000人(周辺都市を含む)で、人口約260万人の京都府とほぼ同じくらい。そこに、私が勤務していた男性性被害者の支援センター「British Columbia Society for Male Survivors of Sexual Abuse ; BCSMSSA」があります。
BCSMSSAには専門の心理カウンセラーが10名前後常駐し、毎年、カナダ政府から何千万円もの助成金が入ってきて、金銭的に厳しい被害者のカウンセリングに当てられます。私が勤務していた頃の人口は約212万人でしたが、少なく見積もっても5000万円の助成金が毎年必要でした。センター長のドン・ライト氏が、「まだまだ資金不足」と日々言っていたのを覚えています。
経済格差を考えずにカナダと同じレベルの支援体制を整えようとすると、京都府だけで毎年6000万円の助成金が必要となります。単純計算すれば、日本全体で約27億円が必要ということになります。女性性被害者の支援を含めると、60億円以上は必要ではないでしょうか。
このレベルの支援が北米などの主要都市では整っています。2017年、日本政府は性被害者のための「ワンストップ支援センター」を全国に整備するため、1億6000万円の交付金を初めて予算計上したそうですが、とても実状に追いつくものとは言えないでしょう。
そして金銭的なことに限らず、専門の心理カウンセラーなどを育てることも大事になってきます。私はBCSMSSAで勤務していたときから、何となく日本の状況はわかっていましたが、しっかり調べてみると、カナダと比べてあまりにも違いすぎることに愕然としました。そこでカナダで培った経験を日本でも活用させていただきたいとの思いから、「カウンセリングオフィスPomu」という男性の性被害者が相談できる場所を作りました。多いときで1年間に100件近くの相談があり、中には継続して回復に取り組んでいる人も多くいます。
まだまだ男性被害者の支援が整っていない日本では、この記事を読んでくださる人の存在がとても大事です。あなたが被害者であれば明白ですが、あなたのまわりに性被害を受けた男性がいるかもしれません。そのときに少しでもお役に立てれば幸いです。まずは一人でも多くの人に現状を知ってもらうことが、支援体制を作っていくうえで大事なステップだと考えています。
グラウンディング
地面から発生するエネルギーに自身をつなげるよう意識し、心身のバランスを保つワーク。体内に溜まった負のエネルギーが取り除かれ、本来の自分に戻すことができるとされる。
マインドフルネス
ターゲットとなるものに積極的に注意を向けている心理状態のこと。自分の思考、感情、行動、身体反応に対し、判断を交えずに、集中的に注意を向ける瞑想であり、深いリラクセーションが得られることを示唆する研究もある。