これは各都道府県に相談窓口が置かれるようになったことによる影響かもしれません。電話相談の特徴としては、以下のようなものがあります(2010〜12年報告書より)。
●男性からの相談が多く28.4~39.1%
●本人からの相談が多く26.8~40.0%
●傾聴だけでなく情報提供や経済的な問題に関する相談が多い
●介護の対象者は男性が52.6~61.0%
コールセンターに届いた相談
具体的な事例として、コールセンターに寄せられた相談例をいくつか挙げてみましょう。
金融機関で働いていた56歳の男性は、職場で立ち居振る舞いや言動に強引なところがあり、客からクレームが来るということで職場から妻に連絡がありました。精神科を受診し、うつ病と診断されて薬を飲み始めましたがよくなりません。数カ月後、別の病院で頭のMRI等の検査を行い、前頭側頭型認知症と診断されました。これは認知症の原因疾患の一つで、記憶障害は比較的軽いものの、反社会的行動を起こしやすいタイプです。
会社に伝えると、仕事は続けることはできるがクレームが続くようなら退社してほしい、配置転換はできないと告げられました。顧客相手の仕事では、就労継続は難しい場合が多く、相談員は傷病手当金や退職後の健康保険、障害者の福祉サービス等、若年性認知症の人が利用できる制度を案内しました。
自営業を営む63歳の男性は、4、5年前から物忘れや、妻に対する暴言・暴力が始まり、専門病院でアルツハイマー型認知症と診断されました。自営業で、若いときは両親を介護していたこともあり、国民年金をほとんど掛けていません。妻も働いていましたが、夫を家に残しておけず退職しました。生活のため貯金を取り崩しており、息子の援助を受けています。住宅ローンの支払いもあり、この先の生活が心配とのことです。
相談員は時間をかけて相談者の訴えを聴き、共感を示すとともに、住宅ローンに関しては金融機関に相談し、返済額の軽減や息子への名義変更が可能かを確認すること、最終的には住宅の売却、生活保護申請、生命保険の高度障害認定による保険料支払い免除などの方法があることを案内しました。
ある会社の健康管理部門の保健師からの相談は、仕事にミスが多くなり、1カ月ほど前に若年性認知症と診断されたばかりの50歳代半ばの男性社員についてでした。本人から会社への報告はありません。この病気を理解する上司が陰ながら仕事のフォローをしていますが、ミスが多いことで同僚などから不満が出始めています。病気のことを周囲に伝えたほうがいいのでは? と思っても、本人にはまったく自覚がなく、どうしていいかわからないという相談です。
診断名を会社に言わないのは、そのことによって仕事を辞めさせられるのではないかといった不安があるからです。仕事のミスで、同僚や上司に迷惑をかけていることは本人もわかっていると思われますが、プライドがあって言えないのかもしれません。仕事を続けるためにも、病気について周囲の人に理解してもらうことが必要です。職場で勉強会を行うなどの方法があります。
認知症は予防できるのか?
認知症予防については、さまざまな研究や試みがされていますが、残念ながらこれをしたら絶対に認知症にならない、という方法はありません。認知症は、糖尿病や高血圧症、高脂血症などいわゆる生活習慣病との関わりが深いとされているので、生活習慣病にかからないこと、かかってしまった場合はしっかりと治療して悪化させないようにすることが重要です。日常生活では、適度の運動やバランスのよい食事、知的行動(読書、ボードゲーム、文章を書くなど)、人との関わりがあることなどは認知症になるリスクを下げるとされています。
そして、早期発見・早期治療も重要です。現在、病院で処方される抗認知症薬は対症療法ですが、初期段階で服用を開始するほうが、より効果があるとされています。まだ、根本治療法が確立されていないので、早い時期から治療を始めれば、よい状態を長く保つことが可能になるというわけです。
65歳未満で発症する若年性認知症に関しては、医療・介護分野のみならず、一般の方からも少しずつ認識されてきつつあります。しかし、実際に診断された本人や家族にとっては初めての経験であり、戸惑いや将来に対する大きな不安があります。
若年性認知症の人は、適切な環境で生活することで安定した状態を維持でき、家族の不安や負担も軽減されます。そのためには、医療機関、介護保険制度だけでなく、雇用、障害者福祉などのさまざまな既存の制度の活用とそれらの間の密な連携が必要です。特に診断直後の支援は重要であり、必要な情報の提供と適切な助言、本人や家族の不安の軽減、今後の生活の方向性を示し、それにより、本人と家族の生活を再構築することが大切です。
もしも支援が必要になったら
国の新しい「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」に基づく若年性認知症施策の柱として、若年性認知症の人の自立支援に関わる関係者のネットワークの調整役「若年性認知症支援コーディネーター」の配置が各都道府県において16年度から始まりました。
支援コーディネーターは、若年性認知症の人のニーズに合った関係機関やサービスの担当者との「調整役」になる人です。配置される相談窓口は、本人や家族の支援をワンストップで行い、必要に応じて職場や産業医、地域の当事者団体や福祉サービスの事業所と連携し、就労の継続や居場所づくりの支援を行うなど、それぞれの役割分担を協議しつつ、本人が自分らしい暮らしを続けられるよう、本人の生活に応じた総合的なコーディネートを行います。
本人や家族にとっては、各県に1カ所だけでは利用しにくい面もあり、もっと気軽に相談できるよう、身近な市町村にも同様の機能があるとよいでしょう。また、この制度が定着し、継続していくためには、コーディネーターが十分にその能力を発揮できるような仕組みづくりも重要です。
病気の発症初期の段階から、本人や家族がその状態に応じた適切なサービスを利用できるよう『若年性認知症ハンドブック』も作成されています。内容は診断直後の相談窓口、雇用継続のための制度、退職に関連する制度やサービス、若年性認知症の医学的理解、本人・家族の心理状態、日常生活における工夫、医療機関の選び方、車の運転、介護保険制度、成年後見制度、相談窓口、サービス等の申請先など総合的です。具体的でわかりやすい記述になっていて、医療機関や自治体窓口など若年性認知症の人や家族が訪れやすい場所で配布されています。
さらにハンドブックに盛り込んだ内容を詳細に解説した、相談担当職員向けの『若年性認知症支援ガイドブック』があります。これらの冊子をはじめ、若年性認知症への理解を深め、本人や家族、支援者のために作成したパンフレットは以下から閲覧、ダウンロードが可能です。
若年性認知症コールセンターホームページ
http://y-ninchisyotel.net/(外部サイトに接続します)