「チャイルド・デス・レビュー」(Child Death Review ; CDR)とは、子どもの死亡を全例登録・詳細に検証し、将来的な子どもの死亡を予防するための知見を蓄積し、実際に施策に転換させるための制度である。虐待や事故などの外因死だけではなく、病気などの内因死や、原因が死亡診断時点ではっきりしない不詳死も含め、あらゆる子どもの死亡事例を関係する多機関で幅広く検証するもので、欧米などではすでに法制化されているシステムである。年々認知が深まっている虐待死や死因究明制度改革の議論の深まりを受け、ここにきて厚生労働省にも導入に向けた動きが見られ始めている。今後、重要かつ効果的な制度として注目を集めることは間違いない。
CDRとは、具体的にどのような制度なのか? 群馬県、前橋赤十字病院の小児科副部長・溝口史剛医師は、CDRを法制化しようと最前線で活動している。子どもたちの「生きる」という最も基本的な権利を「予防可能な死」によって失わせないために、CDR導入に取り組む溝口医師に解説していただく。
CDRとはどのような制度なのか?
CDRを最初に制度化に結び付けたのはアメリカで、1978年に、まずロサンゼルスで虐待死の見逃し防止を目的にCDRが始まりました。80年代に草の根で各州に広がったのですが、全米で注目されるようになったきっかけは、ミズーリ州のCDRの報告が1993年になされたことです。この報告では、5歳未満の外因死・不詳死・疑義のある内因死事例384人について検討した結果、その約3割にあたる121人が虐待死だったことが判明したと報告されました。これらのうち79.3%の事例で児童相談所が生前に関与していたのです。医療機関で、死亡診断書に「虐待」と記載されていたのは48%にとどまり、警察が事件化していた38.8%、検察が起訴に至ったのは1名のみであったことが明示され、CDRの必要性がクローズアップされました。
その後、アリゾナ州のCDRが2002年に報告され、そこでは、すべての死亡事例のうち29%が予防可能性の余地があったと記載されていました。この報告では内因死でも8%に予防可能な要因があったと報告されています。内因死はそもそもの母数が多いため、予防可能性のあった死亡全体の数では内因死は交通外傷に次いで多いことが明示されました。この報告を受け、CDRを実施する意義は虐待死の見逃し防止だけではなく、広く子どもの死亡を減らすことに繋がる重要な制度であることが認識されるようになったのです。現在、アメリカでは各州でその対象や方法論は異なるものの、全州でCDRの実施が法制化されています。
イギリスでは06年から1年間、子どもの死亡登録・検証に関する先行研究が行われ、子どもの死亡例のうち26%に予防可能な要因が存在し、43%に潜在的に予防可能な要因が存在したことが明らかになりました。研究班は、CDRは子どもの死亡率を減らすための戦略になりうると発表。そのわずか2年後の08年に、CDRは立法化されました。
その他にカナダやオーストラリアでも子どもの死に関する登録・検証の制度が構築されています。
CDRの特徴は、多職種の専門家が集まり、多角的な検証を実施することです。医療、児童福祉、法律、警察、学校関係者、メンタルヘルスなどの分野からメンバーが参加し、予防しうるポイントがあったか否かを検証するために、子どもが死亡に至った経緯だけでなく、生活状況や養育状況、生前の各種サービスの利用状況など、多岐にわたる情報を収集したうえで検証を行い、再発防止につなげていきます。
通底しているのは、死ぬ必然性がない子どもを死なせないという社会的使命であり、社会的責任です。つまりCDRとは、不幸にして子どもが死亡してしまった場合、その子どもの死を決して無駄にしないという、社会として最低限の道義から生まれた制度なのです。
子どもの死を巡る、日本の現状
子どもが亡くなるということは、地域社会にとって大きなインパクトのあるイレギュラーな出来事であり、家族・親族や関係した人々の悲しみは計り知れません。しかし日本では、死を文化的に忌み嫌う傾向が強く、アンタッチャブルな出来事として目を背けてしまい、また死亡事例を検証することを「犯人捜し」のようにとらえてしまう傾向にありました。しかしそのような社会では残念ながら、子どもの死亡を防ぐための知見は蓄積されません。
実際、同じような状況での子どもの死亡は、繰り返し繰り返し生じています。いつまでもそれを続けていくのではなく、子どもの死を直視しなければ。CDRはデータ取りの制度ではありません。われわれに足りないものは何なのか、1人の子どもから徹底的に学ばせてもらわなければなりません。それは、子どもを亡くされた家族のためにも必要なことと考えています。
子どもの死亡は大人に比べて数自体は少ないですが、社会が全力で防いでいかなければいけないものです。子どもを亡くした家族が、誰にも相談できず腫れ物扱いされ、悲嘆に寄り添う制度がないまま孤立してしまう事態も改善していかなければなりません。
日本における死亡事例の統計上の情報源は、死亡診断書(死因が明確な場合に主治医などの臨床医が作成する)や、死体検案書(死亡診断書を作成する対象とならなかった場合に、死体検案に協力した臨床医や法医学者などにより作成される)をもとにした「死亡小票」ですが、情報項目数は32にすぎません。死亡診断書もしくは死体検案書は火葬を行う際に必要となるため、情報がそろわぬままに可及的速やかに発行せざるを得ないのが、医療現場の実情です。
私は、11年に日本小児科学会に設置された「小児の死亡登録・検証委員会」のメンバーとして先行研究を実施し、死亡診断書の内容と臨床医により得られた情報の合致性に関しての調査も行いましたが、その結果は驚愕に値するものでした。
死因自体が誤記載と思われるものが27%。死因自体は間違っていないものの、死亡に寄与した参考事象や事項など記載されるべきものに不備があると思われるものが22%、合計して小児の死亡診断書の49%に何らかの誤りがあることがわかりました。特に顕著であったのは虐待の寄与した可能性のある事例で、ご遺族に手渡しされる性質上、これらの情報は全く記載されていませんでした。
しかし、実態は違います。私たち検証委員会が行ったCDRのパイロット研究では、東京都(5歳未満のみ)、群馬県、京都府、北九州市の4自治体で、11年に死亡した15歳未満の子ども368人を分析しましたが、全死亡の7.3%にあたる27人は「虐待が死亡の原因だった可能性がある」と、現場の臨床医と委員会とで判定されました。11年の子どもの死亡事例数は全国で約5000人であったので、単純にこの割合を掛け合わせると、虐待死の可能性があった事例は約350人ということになります。厚労省の集計では、虐待で死亡した可能性のある子どもは年69~99人(無理心中を含む)で推移しており、調査の結果、実際には約3~5倍の虐待死が潜在している可能性が明らかになりました。