「働き方改革」法案の審議がまっただ中である。この法案は一括法案で、複数の 労働法改正を行うものとなっている。そのうちの「裁量労働制の拡大」は、基礎となる厚生労働省の調査のでたらめさが指摘され、政府は法案から即刻削除した。それに対し、「高度プロフェッショナル制度」は、野党や労働法の専門家などからデータの不備も含め強い批判にさらされているが、このままいくと2018年のこの国会で成立しそうな勢いである。この制度には何か問題がありそうだ。自分にも関係してくるのだろうか? ……漠然とした不安を抱いて国会の成り行きを見ているみなさんのために、労働問題を専門とする笹山尚人弁護士に「高度プロフェッショナル制度」とはどういう制度か、問題点について緊急解説していただいた。
政府はなぜ「高度プロフェッショナル制度」にこだわるのか
現在(2018年6月8日)、政府は「働き方改革一括法案」の今国会中での成立を目指しています。厚生労働省が提出したこの法案には、主要野党が反対する「高度プロフェッショナル制度」 (以下「高プロ」とします)の創設が含まれています。
高プロとは、簡単に言えば、労働基準法が定める1日8時間、週40時間等の労働時間規制を取っ払ってしまう制度です。政府が「高年収の一部の専門職」に導入すると説明しているため、「高度プロフェッショナル制度」というネーミングがされているのです。
これが、長時間労働と過労死被害を拡大させる懸念のある制度として強い批判にさらされていることはみなさんご存じのことと思います。労働法制、労働事件の専門家などが問題点や危険性を明確に指摘しているのに、政府はなぜ、この法案をこれほど強硬に通そうとするのでしょうか。
政財界がこのような制度を導入しようとする傾向は、かなり前から見られました。労働時間の規制緩和を求める動きは、改正労働基準法が1987年に成立した辺りから始まっています。
日本経済団体連合会(経団連)は2005年に「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」を打ち出し、高プロと同様の制度について既に言及しています。そして、第一次安倍晋三政権下の07年には、一定条件を満たすサラリーマンをホワイトカラーとして労働時間規制の適用から除外する制度「ホワイトカラー・エグゼンプション」を国会に法案提出しようとしました。しかし、この時は「残業代ゼロ制度だ」「過労死を促進する」といった反対の声が強く、政府は提出を断念しています。第二次安倍政権発足後は、15年にもこの制度を「高度プロフェッショナル制度」と名を変えて導入を図りましたが、またしても先送りとなりました。
今国会での高プロは、高収入の専門職を対象にした「専門業務型ホワイトカラー・エグゼンプション」と言えます。
こうした経緯の背景には、企業側の意向があると思われます。企業にとっては、労働時間を厳密に管理することが煩雑で面倒である。なおかつ雇用している労働者全員の労働時間管理を正確にやっていくと、結果、残業代の負担が膨大になる――企業側には、そんな状況から何とか解放されたいという強い願望が以前からあったわけです。
共同通信の調査(18年4月7日配信)では、主要企業100社のうち高プロ導入への賛成を表明したのは28%だけです。しかし、経団連は18年5月31日付の「GDP600兆円経済に向けて」という事業方針の中で、今回の法案について「確実な成立に向けて政府・与党関係者に働きかける」と記しています。厚労省作成データのでたらめ問題で今回の法案から削除された「裁量労働制の対象拡大」についても、「法案の早期再提出を働きかける」としています。経済界全体としては、「労働時間管理と残業代の負担をなくしたい」という潜在的な願望は大半の企業にあるのです。
現実に法律が成立したら、企業側はいわば合法的に人を使い潰すことが出来るようなります。どこも人手不足に悩む中、「高度プロフェッショナル」と名の付いた労働者をいくらでも働かせる方向にどんどん流れていくのは想像に難くありません。
長時間労働を強いることに対して抵抗感がない経営者が存在しているのは、私がこれまでに手掛けてきた過労死事件、パワハラ事件などの経験からも実感するところです。今国会では、そうした経営者の思惑が経団連の意向という形で政権と結び付き、積年の夢を実現させようとしているのではないかと思います。
「裁量労働制の対象拡大と高度プロフェッショナルについての賛否」
労働時間の枠がなくなり、長時間労働が合法化される!
裁量労働制の実態調査がでたらめだったということが明らかになって、政府は今回の一括法案から「裁量労働制の拡大」については、すぐに削除しました。
裁量労働制は、1日8時間、週40時間という法定労働時間の大原則を前提に、実労働時間ではなくみなし時間によって労働時間を把握することを認める制度です。休日手当・深夜手当の支給、法定労働時間を超えた場合の割増賃金の考慮などをしなければならないので、長時間労働に対するブレーキは辛うじてきくのです。
ところが、高プロは1日8時間、週40時間という法定労働時間の枠組が適用されません。仮に1日15時間という条件を企業が提示しても、違法にはなりません。24時間でも合法です。また、労働時間の規制という概念自体がなくなるので、1日何時間働こうが、残業代 や休日手当等を支払わなくてもよいことになります。
高プロの最大の問題は、この「労働時間規制を解除する」点です。
こうした制度が労働者の健康に悪影響をもたらす可能性があることは、政府も理解しています。そこで高プロ法案には、4つの健康確保措置を設けています。
高度プロフェッショナル制度
(法律案概要)職務の範囲が明確で一定の年収を有する労働者が、高度の専門知識を必要とする等の業務に従事する場合に、健康確保措置等を講じること、本人の同意や委員 会の決議等を要件として、労働時間、休日、深夜の割増賃金等の規定を適用除 外とする。