長澤教諭は嘆息する。
「80年代の定時制は、子どもがやんちゃをして親に迷惑をかけていた。今は、親が子どもに迷惑をかける。親が子どもの世話をしない、子どものことを利用しようとすると言う意味で」
継父の暴力から逃れるために家出を繰り返していた小坂真人(仮名)も、そうだ。17歳で循環器系の病気になったのも、家ではろくな食事ができなかったからだ。精神を病んでいたという実母は、真人だけでなく継父との間にできた幼い弟や妹まで置いて、家を出て離婚した。
入学当初、教師を睨みつける反抗的な生徒だったが、長澤教諭が家庭訪問を繰り返し、丁寧に話を聞くうちに素直な笑顔が見られるようになった。おそらく初めて自分を認め、受け止めてくれる大人に出会ったのだ。
「4年間でガラッと変わり、素直ないい子になって卒業した」
真人は建築会社に正社員として就職、家を出た。病気のためには休養が必要だが、働かないと暮らしていけない。身体を張って生きている。
定時制で“生まれ変わる”
川越工業定時制には、中学で不登校だった子どもも数多くやってくる。小学校からひきこもっていたという、工藤裕生(仮名)もそうだった。裕生が定時制高校に入学しようと思ったのは、20代になり、ひきこもり当事者の会に参加したところ、「学校へは行った方がいい」とアドバイスを受けたからだ。
学校に行こうと思ったものの、合格できるのは定員割れとなっている夜間の定時制高校しかない。川越工業定時制も定員割れが続いており、試験を受ければほぼ合格できる。
埼玉県には昼間の定時制もあるが、人気が高く倍率も上がり、またやんちゃな生徒が多く集まる傾向がある。そういう学校では、周囲に怯える不登校経験者は穏やかに過ごせない。裕生に限らず、夜間の定時制を選んでやってくる不登校経験者は多い。中学教師が、生徒の適性に合った高校をすすめることもあるそうだ。
長澤教諭は、どうなるだろうかと、裕生を気にかけていた。小学校から20代前半までひきこもりを続けてきた生徒なのだ。学校という集団生活に果たして、なじめるのか。
「驚いたことに、彼は1日も休まずに学校に通ってきました。周りの生徒より年齢が上なので浮くこともあったけれど、コミュニケーションは取れていた。他の生徒たちも気を使って、彼の背中を押してくれました。一緒にやろうと誘えば、ちゃんとそれに乗る。ああ、こういうコミュニケーションが取れる子なんだと思いました」
裕生は、定時制で生まれ変わった。初めて学校生活に手応えを感じ、自分の居場所を見つけて卒業していった。
将来に希望を持ってもらうには
定時制に赴任して2年目の新井教諭は、生徒を見ていてつくづく思う。
「自己肯定感が低い生徒や、自分の人生に希望を持っていない生徒もいます。そのような生徒と面談などで将来についての話をしても、なかなか前向きな話をすることが難しい」
新井教諭は、埼玉県が定時制高校の生徒の自立を支援する『自立支援事業』を2017年度から立ち上げたことを契機に、その予算を用いて様々な人たちに学校で、出前授業を行ってもらうことにした。
「彼らにとって人生の見本となりうる大人のロールモデルは少ないのです。僕は、人生を何よりも変えるのは、人との出会いだと思っています。生徒の身の回りにロールモデルとなる人がいなければ、そういう大人を学校に呼び、生徒と関わってもらえば良いのだと考えました。さまざまな大人に出会い、いろいろな生き方を知ることで、自分の将来も幅広く描きやすくなります。実際に、定時制高校を卒業してから大手葬儀会社の支社長までのぼりつめた人や、中卒から鳶職の会社を起業した経営者の方を呼んで講演をしてもらいました。大手自動車ディーラーの営業の方や整備士の方、金属加工会社に勤務する製造業の方なども呼びました。講演会後の生徒たちの感想文を読むと、多様な大人との出会いにより、働くこと、大人になることに対する感情が、少しずつ前向きに変わってきていることがわかります」
何とか卒業、就職させても、卒業生の8~9割が3年以内に退職するという厳しい現実がある。それを何としても変えていきたいと思っている。
「生徒と関わる時は常に、卒業してから困らないように、という視点でいます。定時制には、勉強ができない生徒、人と関わることが苦手な生徒、感情的になりやすい生徒など、さまざまな課題を抱えている子どもたちがいます。もちろん、ありのままの彼らを受け入れて優しく接することも大事ですが、それだけでは社会に出たときに挫折してしまうんです。そのままの生徒たちを受け入れてくれる会社はないわけですから。4年間かけて、社会で通用する人材に育てていくという視点を持って指導するようにしています」
新井教諭は現代社会の授業で、就職活動についても取り上げている。就職試験の流れから履歴書の書き方、正しい言葉の使い方などを手取り足取り教えて行くのだ。
本来なら家庭や学校で知らず知らずのうちに学べたはずのことが、身についていない生徒も多い。社会性やコミュニケーション能力が十分とは言えない生徒もいる。そんな彼らが正社員として雇用され、社会で生きて行けるようにするためにはどうすればいいのか。それが今、新井教諭はじめ教員たちの最大の課題だ。
人生に希望を見出せなかった子どもたちにとって、定時制高校は人生をやり直せる再チャレンジの場となっている。この4年間があるかないかで、その後の人生が大きく違う。定時制高校が今、困難を抱える子どもたちにとって有効な選択肢になっていることは間違いない。