「授業中は姿勢よく座る」「掃除は黙って行う」「廊下は静かに右側を歩く」……今、日本の小学校に広がっている「スタンダード」というルールについて聞いたことはあるだろうか。インターネットで検索すると、「○○市スタンダード」「○○小学校スタンダード」などという名称で、持ち物の規定や授業を受けるときに望ましい姿勢など、主に生徒児童に対する「きまり」が数多く掲載されている。
しかし、厳密にいえば「スタンダード」は児童のみを対象としたものではなく、教員向け、保護者向けも含む、もう少し広範な「きまり」であるという。若手教員の指導力や生徒児童の学力の向上を名目に導入されているようだが、その内容や運用の仕方は自治体や学校によって様々で、「そこまで細かく決める必要があるのか」と首をかしげてしまうものも少なくない。
そもそも「スタンダード」とは何を指すのか、また「スタンダード」は日本の教育現場にどのような影響をもたらしているのか。2015年に「スタンダード」の実態について全国調査を行った村上祐介・東京大学大学院(教育学研究科)准教授にうかがった。
「スタンダード」の定義は?
「スタンダード」は直訳すれば「標準」ですが、現在の日本の教育界では、基本的に学習に関する「きまり」を指す言葉として使われています。「スタンダード」には大きく分けて、「教員向け」「児童向け」「保護者向け」の3種類があります。「教員向け」は黒板の書き方や1日~1年単位での授業の進め方などを定めたもので、「児童向け」は「発言するときは手を上げる」「授業中はきちんと座る」等、学習・生活態度に関するものがメインになっています。「保護者向け」のスタンダードは、「家庭学習時間は1日あたり学年次×10分」といった指針や「自動車で来校しない」といったマナー等が多いようです。
「スタンダード」が定められているのは圧倒的に小学校が多く、インターネットで公開されているものもあります。自治体の教育委員会レベルで、教育長や指導主事が中心になって「スタンダード」を策定しているケースが多いと思われますが、校長や学年主任が学校単位、あるいは学年単位で独自の「スタンダード」を定めているケースもあります。いずれにせよ、限られた専門家集団によって決められている可能性が高く、現場の教員にとっては、ある日突然決まったものがトップダウンで降りてくるという感覚かもしれません。
「スタンダード」がいつ、どの学校から始まったのか、はっきりとしていませんが、一般的には2007年から小・中学校で実施されている「全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)」の影響が大きいと言われています。
学力テストは元々、データを蓄積して学力向上を測るという意図で始められたものです。ところが、学力テストによって学校や自治体ごとに学力がランキングされるようになると、順位や点数に関する学校間、自治体間競争が始まってしまいました。順位が低いと自治体の長や議会から問題視されるため、現場の教員は何とかして児童の学力を上げる方法を探します。そのうちのひとつが「スタンダード」だったと考えられ、秋田県や福井県など、学力テストの点数が高い県で定めている「スタンダード」は、ほかの自治体や学校で積極的に参考にされる傾向がみられます。
マニュアルか、指針か? 教員向け「スタンダード」とは
学力テスト導入の影響を受けていることからわかるように、教員向けの「スタンダード」は、第一に学習指導に直結するものです。
ただし、内容は自治体によって異なり、「授業を通して、子どもの『分かる喜び』や『考える楽しさ』を育もう」といった教育目標として掲げられているものもあれば、「授業のはじめに“めあて”(目標)を黒板に書く」「板書する文字のサイズ」などマニュアルに近いものが含まれていたりします。
しかし、本来、教育とは、教員がそれぞれに創意工夫して、受け持つ生徒に合った指導を模索していくものです。そこになぜ、マニュアルが浸透してきているのでしょうか。
原因のひとつとして考えられるのは、今の学校に人的、時間的な余裕がなく、若手教員にとって、現場で働きながらスキルアップを図るOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が難しいという点です。2000年前後に教員採用数を極端に絞ったことが影響し、現在の学校では、若手教員を育てる立場の30~40代中堅教員が圧倒的に不足しています。また、諸々の事務作業の増加や、英語教育、プログラミング教育といった新たな指導内容への対応に追われ、学校全体で時間をかけて若手を育成したり、若手自身が授業の進め方について十分に研究・準備したりする余裕は、教育現場から失われていく一方です。
その結果、授業のスキルが十分身についていない新人教員でも単独で担任を任されるケースが増え、授業の質にばらつきが出てきてしまうという問題が生まれています。そうした状況において、最低限の授業の質を担保するために、新人教員向けのマニュアルとして「スタンダード」を活用するのは合理的だと言うこともできます。
「ブラック校則」
「下着の色は白」「髪の色は黒のみ」など、過度に細かく非常識な校則のこと。