改正法はあくまで、職場におけるハラスメントの一つの典型的な場合について措置等を定めたと理解すべきであり、措置義務対象以外のことであっても、「職場におけるハラスメント」として捉えられるべきです。典型例以外でも、職場や訴訟の場で人格権侵害として違法視される可能性があると考えることが必要です。指針がパワハラの定義をこのように狭く捉えるならば、人権侵害を見過ごし、救済から取りこぼす事案が発生することにつながります。
あえてパワーハラスメントの定義を行うのであれば、「労働者に対して精神的あるいは肉体的な影響を与える言動(嫌がらせ・脅迫・無視)や措置・業務(長時間労働・過剰労働)によって、人格や尊厳を侵害し、労働条件を劣悪化しあるいは労働環境を毀損する目的あるいは効果を有する行為や事実」をハラスメントと捉え、これが使用者の指揮命令の及ぶ範囲としての「職場」において発生する場合に、全体として「職場のハラスメント」と解するべきであり、定義とすべきだ、と考えます(これは、滋賀大学名誉教授の大和田敢太教授による定義を基礎にしたものです)。私は、実際に発生しているハラスメントの状況からして、このように捉えるのが一番正確だと考えています。
パワハラの代表的な6類型に該当しない場合を例示??
指針案では、さらに、いわゆるパワーハラスメントの代表的な6類型に該当する場合と該当しない場合の例示をも行っています。こういった指針案の考え方は、パワーハラスメントの成立する状況を実際上は限定的にしかねないものと思います。
例えば、指針案ではパワハラの定義としている「その雇用する労働者の就業環境が害されること」に該当するためには、「能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」が必要との考え方を示しています。
ここにも問題があると思います。まず、「当該労働者」に限定する必要があるでしょうか。確かに、改正法の文章には「その雇用する労働者の就業環境を害されることのないよう」とあり、「その」という部分を「当該事業者の」と読むことも可能です。ハラスメントを受けている当の労働者以外の、周辺や同じ職場にいる労働者の就業環境をも考えにいれるべきだと思います。
なぜなら、職場におけるハラスメントは、当の被害者のみならず、周りにいる他の労働者の就業環境をも悪化させていることはしばしば見られるところであり、この事実は皆さんにもよくご理解いただけるのではないでしょうか。
そして、就業環境の悪化について、「能力の発揮に重大な悪影響が生じる」とか「看過できない程度の支障」とかいった条件を設定することは、やはり取りこぼす事案の増大や、深刻な人格権侵害を見過ごすことにつながると考えます。
改正法にある「その」を「当該事業者の」と理解して、周辺や同じ職場にいる労働者の就業環境をも対象としている解釈すべきではないでしょうか。
さらに指針案では、ハラスメントに該当しない場合についての例も示されていますが、該当しない例を掲げるなど余計なことだと言わざるを得ません。こうした例示を行えば、「こうすればハラスメントにならないんだな」という誤解を事業主や行為者に与えることになりかねず、それは法律がハラスメントの隠蔽(いんぺい)に加担することに他なりません。
定義された文章を読んで自分のケースがハラスメントに該当すると被害者が考える場合は、基本的にはハラスメントとして認められるべきです。例外的に該当しないことも有り得るとされる場合は、人間関係や(措置義務対象となっていること以外の)周辺事実を慎重に確定してハラスメントかどうかの判断をするべきなのです。
立法者の意思を軽視していることは許されない
今回の改正法は、成立する際、国会の付帯決議がなされています。指針案は、その付帯決議で表明された内容が、十分反映されていない点も重大な問題だと感じています。
指針案では、「個人事業主、インターンシップを行っている者等の労働者以外の者に対する言動についても必要な注意を払うよう(中略)努めることが望ましい」(下線は筆者による)としています。
19年5月28日の参議院厚生労働委員会の付帯決議では、「九、2」で、「自社の労働者が取引先、顧客等の第三者から受けたハラスメント及び自社の労働者が取引先、就職活動中の学生等に対して行ったハラスメントも雇用管理上の配慮が求められること」についても指針に明記することを求めています。19年4月24日の衆議院厚生労働委員会の附帯決議でも、「七、1」にこの点に関する指摘があります。
ここで立法者が求めているのは、「自社の労働者が、取引先、就職活動中の学生等に対して行ったハラスメントも」ということで「も」が入っていることから、自社内でのハラスメント同様の雇用管理上の配慮について定めなさい、というものです。
しかし、指針案の内容は、自社内でのハラスメントと個人事業主やインターンシップの学生などとを区分けして、後者については「努めることが望ましい」との努力義務以下の内容を記載するにとどまっています。これでは実質的に、何もしなくても良いと言っているのと違いがありません。明らかに立法者の意思(国会での付帯決議)に反しています。
このような立法者の意思の軽視は、行政の定める指針にあってはならないことだと考えます。
***
このように、厚労省が出している指針案は、問題だらけと言えるでしょう。パブリックコメント(意見公募)でも多くの批判が寄せられました。しかし、労働政策審議会は、この指針案をパブリックコメントの締め切り(19年12月20日)後、あっという間に了承してしまいました。まことに残念です。ですが、この指針案の問題点を引き続き告発し続けることは、今後の改訂の足がかりになります。現場からの告発が求められていると思います。
*厚労省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)に係る御意見募集について」 指針案もこちらのページから読むことができます。