ウェブイミダスの人気コンテンツの一つに、「職場でのこんな言動はパワハラだ」という記事があります。2012年に公開されたものですが、変わらず高い関心を集めています。パワハラ、難しい問題ですよね? それがさらに、職場でのパワハラを放置しておくと、近い将来、法律違反になる可能性が出てきたのです! 労働問題に詳しい笹山尚人弁護士に聞きました。
法制化の追い風となった二つの理由
2018年11月、パワーハラスメント防止措置を定める法案提出の方針が、厚生労働省から示されました。唐突に感じた人も多かったかと思います。ハラスメントの中でも、セクハラには男女雇用機会均等法、マタハラ(マタニティハラスメント)には育児・介護休業法といった既存の法律の中ですでに防止措置が定められていますが、パワハラにはありませんでした。ここへ来て法制化が具体化したのには二つ理由があります。
一つは、パワハラが増加の一途だということ。厚労省が初めてパワハラの定義と具体的な6類型を整理・提案したのは2012年1月でした。それまで定義の議論はあったけれども、公に出されたものとしてはこれが最初です。国としてはパワハラを周知したい、という姿勢を示したわけです。その定義と6類型は次の通りです。
現在、厚労省が公開しているサイト「あかるい職場応援団」では、さらにわかりやすく説明しているので、まず基本情報をおさらいしておきましょう。
- 職場での優位性…パワーハラスメントという言葉は、上司から部下へのいじめ・嫌がらせをさして使われる場合が多いですが、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して行われるものもあります。「職場内での優位性」には、「職務上の地位」に限らず、人間関係や専門知識、経験などの様々な優位性が含まれます。
- 業務の適正な範囲…業務上の必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントにはあたりません。例えば、上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し、業務上の指揮監督や教育指導を行い、上司としての役割を遂行することが求められます。職場のパワーハラスメント対策は、そのような上司の適正な指導を妨げるものではなく、各職場で、何が業務の適正な範囲で、何がそうでないのか、その範囲を明確にする取組を行うことによって、適正な指導をサポートするものでなければなりません。
しかし、こうした周知の努力にもかかわらず、その後もパワハラは増加する一方でした。労働局に寄せられる労働相談は全国で1年に100万件以上なのですが、その総数は大きく変化しないまま、毎年パワハラ相談だけが数千件増加し続けてきたのです。当然厚労省にも、これは何かがおかしい、という明確な問題意識を持ちますし、一方の企業側でも、自主的にパワハラ啓発のセミナーを繰り返したりするものの、社内でパワハラの申し立てが増加して対処しきれない状況が出てきたわけです。それが、官民双方からの「周知だけでいいのか?」という大きなうねりになったと思います。働き方改革関連法が2018年の通常国会で議論されたのも追い風になったでしょう。パワハラも法制化すべきなんじゃないか、という気運が高まったということですね。つまり、法制化を後押ししたのはいわば世の中の必然的な流れだったのです。
もう一つは、ILO(国際労働機関)が、2019年に設立100周年を迎えるにあたり、18年にハラスメント根絶に向けた条約策定を決めたことです。日本はILO加盟国として、100周年という記念すべき総会で、自国でもセクハラ、マタハラに続きパワハラ防止のための法律を制定したと胸を張りたいのは当然です。政府のこんな動機も案外大きかったのではないでしょうか。
ILO(国際労働機関)
[International Labour Organization]国際労働機関。1919年に設立。46年に国際連合の専門機関となる。本部はジュネーブ。加盟国の政府および労使の代表で構成される。各国政府に対し、労働条件の改善や社会福祉の向上に関する勧告・指導を行う。