現に農水省は2017年11月に、海外流出を防ぐには「海外において品種登録(育成者権の取得)を行うことが唯一の対策」と 断言している。農家の自家増殖を禁止すれば海外流出を防げるというのはまったくおかしな話だ、と言わざるをえない。
「自家増殖禁止にしないと新品種が作れない」は本当?
もう一つの理由が、農家の自家増殖を禁止しないと種苗企業が新品種を育成する気力を失ってしまう、というものだ。新しい登録品種を作るには10年単位の時間と費用がかかる。農家が自家増殖してしまったら、この育成費用が回収できなくなってしまうからだ、という。
日本政府は知財立国政策を掲げ、農水省も農業とは「知識産業・情報産業」であり、知的財産権を世界に売って儲ける戦略(「農林水産省知的財産戦略2020」) を2015年に掲げる。種苗の知的財産権はその中核をなし、政府は「年間1000件以上の品種登録審査を着実に推進」し、登録品種の増加をめざした。果たして登録品種は増えたのだろうか?
グラフ1を 見ていただければわかるが、世界各国が登録出願数を増やす中、日本だけが急激に減らしており、2007年には世界第2位であったのに、2017年には中国や韓国にも抜かれて世界5位に落ちている。なぜ、日本だけ登録品種の出願数が減るのだろうか? 農家が自家増殖してしまうからだろうか? 種苗会社の状況を見ると違う事情が見えてくる。
新品種を育成するには長い時間がかかるため、その間、安定した予算が確保されることが重要になるが、国立農研機構で育種に関わった方ですら、農水省の検討会で予算の長期的安定確保に懸念を表明している。また、種苗は工業製品とは異なる「生きた命」であり、それを育成するためには世話をする人が不可欠である。しかし、圃場(ほじょう・作物を育てる水田や畑を指す)を管理する人材は、今、農村地域では得がたくなっている。種苗会社によっては海外からの研修生に頼っているところもある。
さらに、もっとも肝心の種苗の買い手である農家の数が減っている。種苗会社によっては農家を対象とするだけでは売り上げの減少を避けられないとして、ホームセンターで家庭菜園などに向けた種苗の売り上げで補おうとしている。だが、家庭菜園では自家増殖は自由だ。こういう中で、自家増殖を禁止したとしても、日本の登録品種の数が果たして増えるだろうか?
グラフ2は 日本における登録品種の出願数なのだが、1980年代までは新品種のほとんどが国内で育種されていた。その後、海外で育種されるケースが増え、2017年(平成29年度)では日本に出願される品種の43%が海外で育種されたものになっている。ここから読み取れるのは、国内での育種がより困難になってきており、よい育種環境を求めて、海外に進出しているというのが現実なのではないか。日本での新品種育成が減っているのは、国内農家の自家増殖が原因というよりも、新品種育成を取り巻く日本の農村政策に起因する農業生産環境の悪化に大きな原因があると言わざるをえない。
公共の種苗事業も危うくなる
さらに、付け加えておきたいのが、公共の種苗事業の今後についてである。国や都道府県はこれまで、農業試験場などで稲、小麦、大豆、柑橘類、イモ類、花などの種苗事業(種子も含む)を行ってきた。
こうした公共の種苗事業では、地域の農業への貢献が第一に考えられ、その事業自体の収益性は大きな問題とはなってこなかった。農家は農業協同組合などを通じて、地方自治体が提供する安くて優良な種苗を得ることができ、しかも自家増殖することが可能だった。地方自治体の種苗事業はたとえ赤字であっても、その優良な種苗のおかげで農家を支えることができ、地域の農業を維持し、回していくことができる。その点、きわめて効果的であったと言えるだろう。この公共の種苗事業の存在もあり、民間企業の種苗業は、野菜や花などをメインに展開されてきた。
18年に行われた種子法の廃止は、米、麦、大豆の種子事業において、地方自治体と民間企業が等しく競争することができるようにするものだった。今回の種苗法の改定は、米、麦、大豆以外の種苗事業にまでそれが広がることを意味する。営利性よりも地域や長期的な農業の安定性をめざすことに貢献してきた公共の種苗事業は、営利組織との競合の中で、利益が得られない部門を削減することに追いやられるだろう。
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種苗を育成した者の権利(育成者権)と農民の権利(自家増殖する権利)はいわば車の両輪であって、どちらも回らなければ農業は寂れていく。寂れてしまえば種苗会社も成長することはできなくなる。だからこの二つの権利のバランスが重要であるのに、今回の種苗法改定ではそのバランスを無視していると言わざるをえない。
都市への集中が進み、農業を総合的に育てる政策が欠如した中で、日本の農村は寂れつつある。そして、日本の種苗産業も多国籍展開を遂げる一部の大きな企業を除けば厳しい状況が続いている。日本国内での種苗の育成が困難になってきている。このような状況下でさらに農家を一方的に絞り上げるような政策が果たしてうまく機能するだろうか? ますます日本の農業が疲弊する方向に行かざるをえないのではないか?
今、国連が農業政策で掲げる柱は二つある。