ドライブスルー方式の検査方法は15年5〜7月に韓国国内でMERSコロナウイルスが流行し、186人の感染者と36人の死者を出したことをきっかけに開発された。検査を担当する医療従事者を感染から守りながら多くの検査を実施できるため、アメリカ、ドイツ、英国など多くの国が導入している。
PCR検査になぜか後ろ向きな厚労省
日本もこのような仕組みを導入すればいいように思うが、厚生労働省は後ろ向きだ。3月15日、同省はツイッターで〈新型コロナウイルス感染症にかかっているのではないかと心配される方が、PCR検査を受けるためには、医師の診察が重要です。「ドライブスルー方式」では、医師の診察を伴わないことが多いため、我が国では、実施しておりません〉との見解を述べた。
韓国のドライブスルー検査でも医師が関与しており、明白な事実関係の誤りであったため、翌日には〈正確性を欠く表現であるため、訂正させていただきます〉とツイートしたが、本音はPCR検査をやりたくないのだろう。日本では、PCR検査に関して、現状と乖離(かいり)した議論が盛り上がっている。
「週刊朝日」3月27日号(朝日新聞社)の「五輪延期へ 世界恐慌Xデー」記事にある「PCR検査『拡充』派と『現状』派、どの報道を信じたらいいの?」などその典型だ。大阪大学微生物病研究所・松浦善治教授の「ちょっと熱があるから調べるというのはやめてほしい。調べても何も治療法はない」というテレビ番組出演時のコメントが引用されているが、この発言は前提自体が間違っている。日本には「ちょっと熱があるから調べる」患者や医師など存在しない。それは、厚生労働省がPCR検査を渡航歴がある人、感染者との接触歴がある人に限定してきたからだ。
担当医が、臨床症状から新型コロナウイルス感染を疑っても、PCR検査を受けることはできなかった。厚生労働省は、37.5度以上の発熱が4日以上続く場合(高齢者や基礎疾患がある場合などは2日以上)など、相談窓口に電話する際の基準を設けた。この対応には批判が殺到した。
批判を受け、3月6日からは担当医が総合的に判断し、PCR検査が必要と判断すれば「帰国者・接触者相談センター」と協議のうえで渡航歴や感染者との接触歴がなくても検査が受けられるようになった。またPCR検査は公的保険の適用対象にもなったので、大学病院など一部の施設では担当医が必要と判断すれば、民間検査機関に依頼したり自分の病院で実施したりして、その費用を健康保険でカバーできる。
日本の検査体制の鍵を握る濃厚接触者
ただ、このように規制が緩和されても、状況は変わらなかった。なぜ増えないかといえば、クリニックの医師は民間検査機関にPCR検査を依頼できないからだ。
現段階では民間の検査機関は、一般の医療機関からの検体を受け付けていない。大手民間検査会社を経営する「みらかホールディングス」が医療機関に配布した文書には、「本検査は厚労省及びNIID(筆者注:国立感染症研究所)のみから受託するもので医療機関からの受託は行っておりません」とある(2月12日現在)。
結局、帰国者・接触者相談センターが判断するという従来のやり方は変わっていない。では、同センターはどの程度、PCR検査が必要と判断したのだろう。運用が変わった3月6〜9日の間に、2万7134件の相談があったが、検査を受けるため帰国者・接触者外来を受診したのは、1237件(4.5%)に過ぎなかった。大部分を断っており、状況は運用変更前と変わらない。
興味深いのは、この期間に国立感染症研究所、検疫所、地方衛生研究所で2922件のPCR検査を実施していたことだ。帰国者・接触者外来を受診した人が全て検査を受けていたとしても、その2.36倍の人が別のルートで検査を受けていることになる。
このような人の存在を知れば、なぜ、厚生労働省がPCR検査を嫌がるかが見えてくる。実は、別ルートで検査を受けた人たちの多くが「濃厚接触者」だ。
厚生労働省は「濃厚接触者」を「『患者(確定例)』が発病した日以降に接触した者のうち、次の範囲に該当する者」と定義している。そして、その条件に「患者(確定例)と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった者」「適切な感染防護無しに患者(確定例)を診察、看護若しくは介護していた者」「患者(確定例)の気道分泌物もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い者」「手で触れること又は対面で会話することが可能な距離(目安として2メートル)で、必要な感染予防法なしで、『患者(確定例)』と接触があった者(患者の症状などから患者の感染性を総合的に判断する)」とある。
隔離予防の歴史がPCR検査を阻んでいる?
注目すべきは、この定義を含めて一連の対策が、国立感染症研究所が中心となった「積極的疫学調査」という枠組みで実施されていることだ。形式上は「疫学調査」(人の集団を調べて様々な病気の広がりや原因・危険因子を明らかにし、予防や治療の方法を探る研究のこと)なのだ。このような形になったのは、わが国の感染症の歴史に負うところが大きい。
「積極的疫学調査」が導入されたのは、1998年の感染症法制定時だ。それ以前は、1897(明治30)年に制定された伝染病予防法に基づき、感染者や接触者を強制的に隔離してきた。ハンセン病などでの隔離が社会問題化していた当時、強制隔離に科学的合理性を持たせるために厚生労働省が考えついたのが、接触者を調査し、確定診断し、そして隔離対象とするという枠組みだ。
この枠組みが現在も利用されており、感染者と周囲の接触者を隔離することで、感染の蔓延(まんえん)を防ぐという前提に立っている。新型コロナウイルスは中国で発生した新しい病原体だから、水際対策と「積極的疫学調査」が上手く機能していれば、国内には蔓延していないことになる。国内で流行していないのだから、感冒症状の患者がいても、PCR検査は不要という論理になる。
結果、患者や担当医が希望しても、検査を受けることができない「検査難民」が常態化している一方、感染者が出ると保健所の職員は行動調査や濃厚接触者捜しに忙殺されることになる。もし、「濃厚接触」の基準を満たせば、全く症状がない人でもPCR検査が実施され、陽性となれば指定病院に隔離入院、陰性なら自宅待機となる。3月13日、兵庫県の県立尼崎総合医療センターで30代の男性看護師に感染が確認され、濃厚接触の基準を満たした医師ら11人が自宅待機となったケースなど、その典型だ。
3月19日の神戸新聞によれば、兵庫県では154床の感染病床の約半数が新型コロナウイルスの患者で埋まっている。入院中の84人のうち、重症は6人で、残る78人は本来入院の必要がない患者だ。多くが濃厚接触者なのだろう。
国内で蔓延しても発見できない危険性
このようなやり方は、伝染病予防法で規定されたコレラ、赤痢、腸チフス、パラチフス、痘瘡(とうそう、天然痘)、発疹チフス、ジフテリア、流行性脳脊髄膜炎、ペスト、しょうこう熱(いわゆる十種伝染病)には有効だったかもしれない。症状が出ない不顕性感染の問題があるものの、コレラは大量の下痢と嘔吐、赤痢は腹痛・下痢、時に膿粘血便と特徴的な症状を呈するからだ。診察する医師が見落とすことは少ない。
新型コロナウイルスは違う。症状は軽微で、風邪と区別できないことも多い。時に無症状だ。
2月12日現在
「みらかホールディングス」は20年3月5日には、「新型コロナウイルスの検査を3月6日より臨床検査として受託することとなりました」「これまでも行政検査として本検査を受託してまいりましたが、このたび。帰国者・接触者外来を設置している医療機関等における検査が3月6日より保険適用されることを受け、臨床検査としての受託を開始する」との文書を出しています。
患者負担
韓国の場合、新型コロナウイルスの検査は、確診者(感染していると判明した人)と接触後に症状が出た場合や、感染の疑いがある人の場合は政府が全額負担。自分から望んで検査を受ける場合は約16万ウォン(約14000円)です。希望して検査を受けた場合でも、陽性であれば政府の負担となる。