これもまた珍しいことだという。今や、ほとんどの定時制は定員割れを起こし、受験すれば誰でも入学できる状態になっている。
それにしても、そもそも全日制と定時制では入試そのものの難易度が違う。入り口が別なのに、入学すれば基本的に一緒というのは、仕組みとしてかなり難しいことなのではないか。平松和夫校長は、やわらかな笑顔をこちらに向け、こう話された。
「当初は難しいところもありました。特に、教員の指導範囲という問題です。単位制とはいえ、教員は全日制と定時制で別々の枠として採用しているので、本来ならこの枠を超えて生徒を指導することはありえません。ところが、本校では、定時制で2年次以上になると、進学を目指して午前中の授業を取る生徒が出てきます。そうすると必然的に全日制の教員が、定時の生徒を指導しなければならなくなるのです。時間がかかりましたが、慣れれば問題はなくなりました。校内でも、全日制と定時制の生徒の間で、一緒にいることへの違和感は、非常に少ないと思いますね」
確かに校内にいる限り、どの子が全日で、どの子が定時かの見分けはつかない。それが教師にとっても生徒にとっても自然なのが、川崎高校の日常だ。ただし、体育祭の日は話が別。合同で行うが、全日制と定時制が競いあう。目下、定時制が4連覇中だという。比較的恵まれた環境にある全日制を打ち負かす、定時制の生徒たち。何とも痛快だ。
定時制にやってくる生徒の多様性
定時制と言えば、ひと昔前なら高校に行けなかった年配者、昼間働き、夜に学ぶ勤労青年の学びの場ではあったが、平松校長は「そういうかたはもはや、ほぼいない」と言う。
川崎高校定時制の場合、積極的に志望して受験してくる生徒もいる。
「例えば、車いすを使う生徒で、とても勉強ができる子が本校の定時制を選んでくれることがあります。彼らは通勤時間帯の満員電車に車いすで乗れないという事情もあり、少し時間をずらして登校できる定時制に進みながら、大学進学を目指して、全日制の講座を取っています。そういう生徒が毎年入学してきてくれますね」
しかし、生徒の圧倒的多数は、何らかの困難を抱えた子どもたちだという。
「本校に限らず、定時制や通信制を選ぶのは、外国籍の子とか、複雑な家庭環境の子とか、発達障害などでうまく人と合わなくて、中学などでいじめに遭い不登校になってしまった子とか、家庭が経済的に困窮しているとか、さまざまな背景を抱え、全日制には進学できない子どもたちが多いです。経済的な余裕がある家庭なら民間の広域通信制という道もありますが、そうでなければ公立の定時制か通信制かという選択肢しかありません。本校にも、消去法の結果進学してきた子どもたちがいるのは事実です」
外国籍の生徒については、川崎市という土地柄もあるという。
「川崎の特性は、多文化・多様性なのだと思います。もともとは在日韓国・朝鮮人のかたが多い地域でしたが、今は三世、四世の時代で言葉や文化の違いによる問題は減ってきています。近年は来日して間もない中国人が圧倒的に多く、他にはフィリピン、ブラジルなど、両親が日本語を話すことができない家庭の子どもたちが、日本語を学ぶために本校に来ています」
確かに、川崎市の人口約150万人のうち、外国人登録者数は4万5000人ほど。国籍の内訳では最多は中国人で1万5000人、ついで韓国・朝鮮人が8000人となっている。そうした背景を受けてか、2019年12月、川崎市では全国に先駆けてヘイトスピーチ禁止条例を可決。差別を廃し、町ぐるみで多様性の実現に挑戦している自治体としても知られている。
実際、川崎高校では全日制で10%、定時制で21%、外国籍もしくは外国にルーツのある生徒が在籍している(令和2〈2020〉年度)。
平松校長は穏やかに、「本校の宝物は、いろんな生徒がいてくれることです」と語る。この多様性の尊重こそ、フレキシブルスクールの根幹にあるものなのだ。
なぜフレキシブルスクールを設立したのか?
なぜ、川崎高校はこのような仕組みの高校として再スタートを切ったのか。最も聞きたかった問いを尋ねた。平松校長は、フレキシブルスクール設立前から、高校入学前の子どもたち、特に義務教育期に学校で学ぶことができなかった子どもたちのことも意識してきたという。
「小学生、中学生は学校に行って当たり前だというのが一般的な感覚ですよね。でも現実には、学校に行けない子が相当数、存在しています。学校以外で彼らが学ぶ場所を、市区町村の教育委員会が用意できるかといえば、無理なわけです」
確かに2018年の調査で、小中で不登校の児童・生徒は全国で16万4528人。小学校では144人に1人、中学校では何と27人に1人が不登校となっている。しかもこの数は6年連続で増加している。もはや、例外だと放置しておいて済む数ではない。
「学校に行けない子たちも、最後はしっかり社会に接続させなければならないという命題が教育にはあります。しかし、現に学校に行けない子たちの行き場は失われているわけですから、多様性のない画一的な学校教育そのものが、考えを変えるべき分岐点にきているのではないかということを長いあいだ感じていました。
そこで、学びのスタイルを自分で選びながら、勉強できる高校を作ったらいいんじゃないかというコンセプトで、フレキシブルスクールの構想が始まりました。全日制と定時制の融合も、それが子どもたちの多様性に合うのではないかという判断です」
学び方は一つではなく、多様であっていい。だから、フレキシブルスクールなのか。
「本校の特徴は、柔軟性を持った教育です。子どもたちが時間割を作ることを許された学校であり、学ぶ時間、場所、対象、集団がすべてフレキシブルである学校です。設立したのは16年ほど前ですが、今の時代に非常にマッチしているので、先進性は極めて高かったなと思います」
生徒たちにさまざまな“止まり木”を用意する
教員以外に、SSW(スクールソーシャルワーカー)やSC(スクールカウンセラー)をはじめ、外部の人材が多く入っているのも、川崎高校の特徴のひとつだ。
取材当時、主に進路指導室における「お兄さん」的存在として就職の相談に当たっていたのは、会社員だった経歴を持つ森武浩さんだ。「サポートティーチャー」と名乗るが教員ではない。定時制の生徒たちは、どのような思いで進路指導室の扉を開けるのだろうか。
「やりたいことがあっても、これまで否定され続けてきたために、何をどう言っていいのか、わからない子が多いですね。定時制に来ている自分は“落ちこぼれ”だからと、ずっと諦めさせられてきたのでしょう」
だから、森さんはこう声をかける。
「これまで大変だったね。