新型コロナウイルスが社会全体を大きく揺らす中、教育現場もさまざまな試行錯誤を迫られています。画一的な普通科教育とは異なる定時制高校に、何かヒントがあるかもしれません。単位制を採用し、全日制と定時制の生徒がともに学ぶ場をつくりだしている神奈川県の公立高校を、ノンフィクションライターの黒川祥子さんが取材しました。
大学のキャンパスのような校舎
JR南武線の支線「川崎新町」駅からすぐ、神奈川県川崎市南部に位置する、神奈川県立川崎高等学校。
初めて訪ねたのは、新型コロナウイルスの影も形もない1年以上前のことだった。
靴箱が並ぶ昇降口を想像していたが、ドアを開ければ靴のまま校内へ。打ちっ放しのコンクリートの壁に吹き抜けの天井と、開放的で明るい空間が目の前に広がる。
校内には随所にテーブルやベンチが設置され、生徒たちがノートや教科書を広げていたり、くっついておしゃべりしている。ガラスの向こうに見える中庭にもテーブルと椅子、観葉植物が配され、生徒たちが思い思いに過ごしている。一般的な学校における、生徒の居場所は教室にある自分の机かランチルームだけ、という窮屈さとは、真逆の校舎だった。
生徒たちも、制服をきちっと着ている子より、私服やジャージの子が多く、リラックスした雰囲気だ。この自由度の高さは、高校というより大学のキャンパスのようだ。
これも、川崎高校が「フレキシブルスクール」を掲げるからなのだろうか。
「フレキシブルスクール」――、初めて聞く言葉だった。定時制の取材で訪ねたのだが、面食らうことばかりとなった。
「フレキシブルスクール」とは?
そもそも神奈川県立川崎高校は、県下有数の進学校として長い伝統を誇ってきた。この川崎高校が川崎南高校と統合、「単位制普通科高校フレキシブルスクール」という、新たな使命を持つ高校として生まれ変わったのが、今から16年前の2004年のことだった。「フレキシブル」とはしなやかな、やわらかいという意味を持つ言葉だ。
「フレキシブルスクール」となった川崎高校の最大の特徴は、全日制課程と定時制課程が一体化していることだ。これは、全国的に見ても非常に希少な試みだという。
授業は、基本的には全日制は午前と午後の6時間(9時から昼休みを挟み16時35分まで、1~4校時。〈1校時=授業の1単位。90分〉)、定時制は午後と夜間の6時間(13時20分から中休みを挟み20時50分までの8時間、3~6校時)を使って時間割を組み立てるのだが、定時制の生徒が午前の授業を、逆に全日制の生徒が夜間の授業を受けることもできる。
こうして“全定一体”を掲げるゆえ、入学式は全日制と定時制が一緒に行う。体育祭も合同だ。ただし、卒業式だけは別に行う。これは定時制と全日制の習慣の違いからだ。定時制の卒業式は全日制と違って、全在学生が出席する。それは在校生に卒業を果たした先輩の姿を見せることで、「自分も卒業したい」と思わせる教育的効果が大いに期待できるためだという。
ざっと校内を案内していただいて驚いたのは、教室に自分の机があるという、学校生活の“当たり前”が存在しないことだった。生徒には個人用のロッカーがあり、自分の荷物を入れ、自分の選んだカリュキュラムに従い、各自で教室を移動する。
高校では珍しいこのような教育システムが可能となったのは、川崎高校が学年ごとに履修科目が決まっている「学年制」ではなく、卒業までに必要な単位を取ればいい「単位制」を採っているからだ。
教室はないが、クラスはある。全日制でも定時制でも、クラスは入学時に編成され、卒業まで変わらない。2年次からは自分の将来に向けて必要な授業を選択していくので、文系と理系などと進路に合わせてクラスを分けなくとも問題がない。
ゆえに、担任は卒業まで変わらないが、かわりに「チューター制度」を導入しており、生徒が副担任を自分で選ぶことができる。とりわけ定時制は1学年70人を4クラスに分けるので、1クラス平均17〜18人となり、教員はよりきめ細かく、一人一人の生徒に向き合うことができるようになっている。
高校としても、定時制としても異例な川崎高校
日本の高等学校は全日制と定時制、通信制に分かれている。全日制は一般的な高校のイメージで、朝から夕方まで学び、授業は1日6時間、3年で卒業する。
定時制は夕方から夜まで学ぶ印象があるが、最近の傾向として、全国的には「多部制」が多くなっているという。全日制と同じ校舎を昼夜で使い分けるのではなく、定時制として独立した校舎で、「午前部」「午後部」「夜間部」という、3つのセクションを併設する高校だ。このため生徒は選択した部に応じて午前中だけ、昼~夕方だけ、夜だけ登校して授業を受けるケースが多い。1日4時間の授業時間で、4年で卒業する。
通信制は学校へ通学せずに自宅で学習を行い、レポート(課題)、スクーリング(面接指導)、テストなどで単位を取得、高校卒業の資格を得るものだ。
こういった高校制度の中で、川崎高校のように全日制と定時制を一体化する例は、非常に稀だ。それゆえか、川崎高校定時制の入試倍率は高く、毎年1倍以上となる。