どんな仕事があるか、一緒に見ていこうか」
森さんは、生徒が進路指導室の扉を開けたことは、その子が意思を持ってここに来たと受け止める。それはすなわち、森さんに心を開こうとしているのだと。しかし、子どもたちから素直な言葉はなかなか出ない。
「どうせ、わかるわけがない。言っても無駄」
森さんは、その言葉を正面から受け止める。
「わからないかもしれないが、でもわかるように、努力するよ。だから、言葉にしてほしい。ここが、将来を変えられるチャンスだよ」
外国籍の子には日本語の指導もする。履歴書の書き方、面接の練習も行う。そんな中、ぽろりと、自分が親から虐待を受けていることを話す子もいる。今まで、誰に話せばいいのか、わからなかったと。非常に重要な情報だ。森さんはすぐに担任や学年主任など、学校側へつなげて行く。
それは神奈川県が独自に展開する、「神奈川の支援教育」に基づく取り組みだ。
2001年、国は「特別支援教育」という理念を打ち出し、従来の障害児教育に加え「学習障害(LD)」や「注意欠陥多動障害(ADHD)」などの発達障害の子どもたちへの特別な支援の仕組みを提唱した。しかし、子どもが抱える困難は障害に由来するものだけではない。そこで神奈川県は翌02年、「障害の有無にかかわらず、さまざまな課題を抱えた子どもたち一人一人のニーズに適切に対応していく」ことを学校教育の根幹に据えた。
この「神奈川の支援教育」を推進していく上で欠かせないのが、「全校で取り組む協力体制=校内支援システム」の確立だった。担任などが一人だけで抱え込むのではなく、教職員がチームとなって、子どもたち一人一人の課題の解決にあたっていくわけだ。こうした校内支援体制作りのキーパーソンとなる「教育相談コーディネーター」の養成も、神奈川県では独自に行っている。
平松校長も言う。
「外部の人材が多いというのは、チャンネルの多さを意味しています。子ども達にとって、チャンネルが多いことに越したことはない。何か話ができる人を持っていることは、とても大切なことですから」
森さんという一つのチャンネルから「虐待」という重大事案が「発見」されれば、大人たちは問題の解決にチームで取り組んでいくこととなるのだ。
居場所カフェに集まる外国籍の生徒たち
川崎高校が用意するチャンネルの一つに、「高校内居場所カフェ」がある。川崎高校では毎週水曜日、15時から2時間ほど、多目的ルームがカフェになる。その名も「World・cafe・ふらっと」。外国とのつながりのある子どもたちの学習支援や、社会的自立支援を行うNPO法人が主催し、スタッフとボランティアの学生とで運営する(「World・cafe・ふらっと」は令和元〈2019〉年度をもって終了、現在は外国につながる生徒のための支援教室を土曜日に開催している)。
高校内居場所カフェは、家庭環境が困難な子への支援策として大阪の西成高校で初めて誕生し、以降、各地でオープン。神奈川県でも10校以上で導入されている。親と教師以外の大人が関わることで、子どもたちにさまざまな人生のロールモデルとの出会いを提供する。その中で信頼関係が深まれば、先ほどの森さんのように苦しい胸の内を拾い上げることもできる。そうなればやはり、生徒の情報を学校側と共有し、ともに生徒を支えていくことになる。
川崎高校の夕方。多目的ルームの一角に、ジュースなどの飲み物とお菓子が用意され、生徒たちはお菓子を食べながら、きゃあきゃあとボランティアの学生とボードゲームに興じている。実に賑やかな空間だ。
スタッフによると、居場所カフェにやってくるのは中国人の生徒が多いので、中国からの留学生や中国籍の卒業生などがボランティアとして訪れているという。
中3で中国から来日したという、ボランティアの大学生に話を聞いた。川崎高校の場合、親が来日して料理店を開き、経営が安定すると中国から子どもを呼び寄せて通わせるというケースがほとんどだと言う。
「本当は子どもたちは、日本になんて来たくない。言葉もわからないし、友だちもいないんですから。でも両親から言われれば、断れません。川崎高校は『在県枠』もあるから中国人、フィリピン人の生徒が多いです。彼らはカフェに来れば母国語で話ができるのでうれしいというけれど、そのかわり日本人生徒と交流できないし、日本語の練習もできない。日本語が上達しないまま中退していく生徒もいるので、大丈夫かと心配です。自分は来日してすぐフリースクールに1年通って、日本語の勉強をしたから、こうして会話ができますが……」
確かに彼は流暢に日本語を話し、大学進学も果たしている。
「在県枠」とは、神奈川県の公立高校の入試にある制度で、「在県外国人特別募集」のことだ。対象は外国籍または、日本国籍を取得して3年以内で、日本での在留期間が3年以内の人。入試問題は一般募集と同じだが、問題文にふりがながついているため、有利になる。
川崎高校では2017年から全日制で導入し、その結果、外国籍もしくは外国にルーツのある生徒が非常に増えた。
中国語ができる教員がマンツーマンで行う、日本語の授業を見せてもらった。中国語ができる教員自体が少なく、学校側も、日本語教育が今後の課題であることを自覚している。
「しんどい子」たちの居場所は?
カフェで生き生きと過ごしている生徒は、ほとんどが全日制の子だという。カフェは定時制の子たちにとって、居場所とはなっていなかった。
2015年から川崎高校に勤務する、SSWの宮本裕子さんは今のカフェをこう見ている。
「元気な子たちだけが楽しめる場になっていて、大人しい子、悩みを抱えている子たちが入れる雰囲気ではありませんね。そういう子たちも一緒に巻き込むビジョンを持ってくれるといいのですが……」
宮本さんは、持ち場であるカウンセラールームにじっとしていることはない。
「進路指導室には一日数回顔を出すし、保健室にも学校図書館にも行きます。定時制の養護教諭はとてもいい人ですし、司書さんは図書館をしんどい子たちの居場所にしてくれている。そこに来ている子どもたちに、話しかけたりして。相談を待っているんじゃなくて、会いに行く。それは一定程度、効果を上げたと思います」
宮本さんは臨床心理士としていろいろな生徒と会ってきたが、その中で最も気になるのは、小中時代に発達障害を見逃されてきたと思われる子どもたちだ。