「どちらかのセクシャリティがバレてしまうと、相手のこともバレてしまう。自分たちのセクシャリティが親族にバレたら離婚、ということは決まっています。また、お互いが離婚したほうが幸せだねと思うようになったら、離婚しようとも決めています」
その意味での「運命共同体」なのだが、では恋愛感情を持たない他人と、一緒に住むというのはどういうことなのだろう。
「家の中に、他人がいるのがダメな人は難しいと思います。自分は大丈夫なのですが、そうは言っても、一人のほうがラクですよ。それを捨ててでも、メリットがあるのかないのか、それはその人次第だと思います」
メリットを重んじるから、ケンさんは結婚生活を続けている。
この経験が、カラーズの成婚者たちに生かされている。“結婚して終わり”ではないことを、身をもって体験している、友情結婚の先駆者として、ケンさんの存在は非常に大きい。
ケンさんは世間の常識を逆手に取り、世間の偏見や差別的な白眼視から身を守る“シェルター”を友情結婚で手に入れた。そのシェルターで運命共同体同士、それぞれが、自分らしく暮らしている。ケンさんにとって友情結婚とは、自分らしく生きるためのものだった。
次に紹介する女性は、ケンさんとは異なり、その“シェルター”を手放してもいいと思っている。セクシャルマイノリティのひとつ、恋愛と性行為に対し興味を持たない“アセクシャル”の女性、である「ナナさん」(仮名、女性)の友情結婚は、どのようにはじまり、どう変わっていったのだろうか。
●ケース2:ナナさん
「私は30歳の頃に、自分がアセクシャルだと気づきました。それまではいつか“普通”の恋愛ができると思って、男性と付き合おうと頑張って、ホテルまで行ったこともありましたが、絶対に無理って直前で逃亡。『いつか、いい人が現れるよ』と言われてかなり迷走したし、レズビアンかもと思って出会いを探したこともあるけど、全部ダメで。インターネットで同じような人がいないか検索して、アセクシャルという言葉に出あって、ああ、これかー!と思ったんです」
恋愛ができないとわかったナナさんは、ショックだったと言う。
「私はこれから結婚することなく、一人で生きていくんだって思い知らされました。周りの友達がどんどん結婚していく中、孤独感を感じ始めて、ネットを検索して見つけたのが、友情結婚でした」
こうしてナナさんは、友情結婚のための婚活を始めた。32歳の頃だった。当時はまだカラーズの設立前。望んだのは、“恋愛感情はないが、心の交流ができる人”だったが、掲示板などで活動していく中、都合のいい相手はいないのだと思い知らされた。
それでも結婚したいかどうか、ナナさんは自身の中で突き詰めていった。
「35歳を過ぎると、独身女性に対する世の中の視線が厳しくなると感じます。途端に“おばちゃん”扱いされるし、職場で結婚していない人は半人前に思われていました。それに独身でがんばっている自分を“痛い”と思うようになってしまって、最終的に、私の目標は結婚すること、既婚者になることになったんです。相手がどうのではなく、要は陰口が叩かれないように」
・目的は「結婚」そのもの
婚活中にカラーズができたことは知っていたが、1年ほどようすを見て、38歳で入会した。ナナさんが結婚に求める条件は、子どもなし。子どもを産むつもりも育てるつもりもなかったからだ。
「カラーズで多いのは、“同居で、子どもあり” を希望する人。私は別居がよかったけれど、そこまで条件を絞ると、お見合い相手が見つからなくて。友情結婚の世界でも、男性が若い女性を好むのは変わりがありません。38歳という年齢だと、どんどん条件を緩めるしかなく、譲れないのは“子どもなし”だけでした」
お見合いは3回連敗。「“子どもなし”でいい人なら、誰でも」とリクエストして紹介された相手と交際を開始した。カラーズ設立の頃から在籍している男性会員だ。
「私は最初からもう、この人でいいと思ったけど、相手の希望で話し合い期間の期限ギリギリの6カ月まで延ばし、ようやく成婚退会。彼はゲイと自認しているけど、彼氏をつくったことはない。高身長と高学歴、大企業勤めと、条件面はいい人でした」
ナナさんは「今考えても、あの時は彼しか選択肢がなかった」と振り返る。目的は結婚なのだ。
「いい大学を出ていて、収入や金銭感覚、生活レベルなども合ってるし、親に紹介しても不自然じゃない人だった。正直、成婚した段階で、人として『合わない』と思っていたけれど、これ以上、婚活したくなかったので、妥協しての結婚でした」
・結婚してみたものの……
結婚に際して、ナナさんはトラブルを想定して取り決めの文書を作成した。
「自分の親の介護は自分でする。盆や正月にお互いの実家には行かない。共同の物は買わない。離婚する時はお互いが持ち込んだ荷物をそれぞれ引き取るなど。私がネットで調べて、もめごとになりそうなことを文書にしました」
結婚式や新婚旅行という、親や親戚のためのイベントをこなす過程で、彼とはコミュニケーションのとり方が根本的に違うのだと、即断即決派のナナさんは何度も煮え湯を飲まされ、確信した。
ノンセクシャル
セクシャリティのひとつで、他者に恋愛感情を抱くが、性行為は望まない。