「評価する」と同時に、女性どうしが互いを「褒める」ことも大事です。森さんの発言は、「わきまえない女」と「わきまえている女」で分断をして、伝統的なサポートの役割に徹し、そして男性を立てる「わきまえている女」を称える一方、そこからはみ出して刃向かってくる「わきまえない女」を排除しようとするものでもあったと思います。そして、女性たち自身もどこかでそういう男性目線の評価軸を内面化してしまっているところがある。小さいころから、いろんなところで「モテなきゃいけない」「男性に好かれる女性にならなきゃいけない」という価値観を刷り込まれていきます。そうして他人目線で自分を評価してしまうと、どうしても自分に自信が持てないことが多い。まずは自分を大事にし、自分で自分のよさを発見する。そして自分を、さらには周りの女性たちを褒める。それが大切なことだと思っています。
そして三つ目の実践は、「個人的なことは、政治的なこと」だと認識すること。これは、フェミニズムにおいて古くから使われてきた言葉で、私たちが日常の暮らしの中で直面する個人的な悩みは、実は政治的なことにつながっている、という意味です。
たとえば、会社でセクハラに悩んでいる、子どもが保育園に入れない……一見、極めて個人的な問題にも思えるけれど、きちんとした法律や規制があれば、そんなことにはならないかもしれない。あるいは、選択的夫婦別姓が認められないという「政治的なこと」が、事実婚を選ばざるを得なくなるなどの「個人的なこと」につながってくることもある。「個人的なことは、政治的なこと」であると同時に「政治的なことは、個人的なこと」でもあるわけです。
今、私たちは転換点にいる
先に、企業に多様性が必要な理由として「イノベーション」を挙げましたが、実は政治の分野においても、イノベーションは必要です。意思決定の場での多様性がないために「政策のイノベーション」が起こらない。結果として、性差別を是正するための法律が日本には圧倒的に不足しています。選択的夫婦別姓が実現していない世界で唯一の国になっていることも、その一例です。多様な人がいる場で、オープンに意見を交わし合って意思決定をしていくという当たり前のことを、民主主義という意味でもイノベーションという意味でも、もっとやっていかなければならないのだと思います。
今回、森さんが辞任したことを、「辞任だけでは意味がない」と言う人もいるけれど、発言からたった9日間で社会が辞任に追い込んだという事実は、やはり大きな成功体験として記憶すべきです。辞任しなければ、改革にはつながりません。そして、「辞任だけではすまない」というのが、重要な点です。辞任をきっかけに、JOC理事の4割が女性になったり、東京オリ・パラ競技組織委員会にジェンダー平等推進チームができたりと、組織に変化が起きました。これにとどまらず、スポーツ界はこれから厳しい目で見られることになるでしょう。森さんの辞任によって、社会の規範が一つグレードアップしたのです。
また、21年3月には、東京オリ・パラ開閉会式の統括責任者であった佐々木宏氏が、タレントの渡辺直美さんの容姿を侮辱する演出を提案していたことが明らかになり、辞任しました。問題が世に出てから辞任までが早かったのも、森氏の辞任によって規範が強化されていたからでしょう。この出来事もまた、何が問題なのかの議論を深めて、再発防止に繋げる必要があります。外見で人を判断するルッキズムの問題、「痩せている方が美しい」という美的基準を強化する問題、容姿を笑いものにするという侮蔑的態度、さらには人を動物にたとえることで、その人の尊厳を否定するという深刻な差別。
女性を容姿でいじることを「笑い」だととらえる感覚は、本当に罪深いものです。逆に、渡辺直美さんのコメントは多くの女性たちを勇気づけるものでした。佐々木氏の引責辞任をきっかけに、こうした人権意識の欠如は古い、むしろ格好悪い、という受け止め方が広がるといいなと思います。
この件を報じた『週刊文春』(2021年3月25日号)は、森氏や佐々木氏の介入により、演出家のMIKIKO氏やパラ開閉会式に携わっていた栗栖良依氏が排除されていく過程を明らかにしています。森氏はMIKIKO氏に向けて「あなたが女性だったから、佐々木さんは相談できなかったのでは。事を荒立てるんじゃないだろうな」と発言したと報じられています。二人とも、女性が意思決定において重要な役割を果たすこと自体を受け入れることができない。恫喝すればなんとでもなると考えているかのように見えます。発想の根元にミソジニー(女性蔑視)が深く染みついています。そして、同質的な集団に囲まれているために、人権意識の欠如に気がつくこともできない。
日本は今、こうした意思決定の闇を変える転換点に立っていると思います。性差別的な社会構造が何百年と続いてきたのですから、何か一つのことで急に変わるわけではないでしょう。今回の組織委の変化も、単なる見かけ倒しと冷笑する向きもあるかもしれません。でも、私はそういった態度が日本の20年の停滞をもたらしたと考えています。
もうすでに変革は始まっています。これからは、あらゆる領域に変化の連鎖を作り出していくことがポイントとなります。揺り戻しも抵抗も起きるでしょう。それでもなお新しい時代を創るには、連鎖反応をそれぞれの現場で作り出すよう持続的な働きかけが鍵となります。それには多くの人の参加が必要です。市民社会で呼吸を合わせて、進めていければと思います。
女性差別発言
2021年2月3日、元総理大臣・森喜朗氏は、JOC(日本オリンピック委員会)の臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」「女性っていうのは競争意識が強い。誰か1人が手をあげて言うと、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです」「女性の理事を増やしていく場合は、発言時間をある程度、規制をしないとなかなか終わらないので困ると言っておられた。だれが言ったとは言わないが」などと発言。さらに、「組織委員会に女性は7人くらいおりますが、みなさん、わきまえておられて」とも話した。
イノベーション
「新結合」「新機軸」「新しい切り口」などの意。