その果てに、寝たきり状態の姉84歳と同居し、介護をしていた82歳の妹が、ケアマネージャーから生活保護の利用を提案されたものの「税金をもらって生きるのは他人に迷惑をかける」と、姉を殺害するような悲惨すぎる事件が起きてしまう。
制度は必要だから作られ、使ってもらわないと意味がないのに、日本の生活保護捕捉率 は他国と比べて著しく低く、2割程度だ。最後のセーフティネットと呼ばれる生活保護制度を使うくらいならといって、高齢者が殺人を選んでしまうような現状を、国は真剣に悩んだほうがいい。
今さら感はあるけれど、自己責任だの生活保護バッシングの旗振りをした連中もメディアも、その責任の重さと向き合い、スティグマを払拭する最大限の努力をしてほしい。
制度へのハードルを下げる熾烈な闘い
コロナ禍で生活が困窮する人が激増する中、厚生労働省はホームページ上に「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください」と、これまでで初めて生活保護利用を初めて公式に広報した。その後も、DaiGo氏の動画が炎上した直後などに公式ツイッターでも呼びかけているが、まだまだその呼びかけは十分とは言い難い。
2020~2021年の年末年始に行われた炊き出しや相談会現場で、訪れた人たちから集めたアンケートによれば、生活保護制度への障壁は多い順で以下の通りだった。
1位:親族に知られる(扶養照会)のが嫌
2位:集団生活を強いられる施設に送られるのが嫌(住所不定者の場合)
3位:福祉事務所の対応がひどすぎる(過去に利用歴がある人の回答)
これらのハードルを下げていかなくてはならない。
生活困窮者支援団体は、このコロナ禍に仕事や家を失う人たちを生活保護制度につなぐ際に、窓口で追い払われたり、人の尊厳を踏みにじられるようなひどい対応をされないよう、福祉事務所への同行を続け、その対応を見張り、当事者に不利益がもたらされないように努めてきた。
また、つくろい東京ファンドの佐々木大志郎は、福祉事務所における追い返しを封じる策として、生活保護申請書を簡易に作成できる画期的なシステム「フミダン」を開発、東京23区に限ればインターネットFAXを使って生活保護の事実上のオンライン申請を可能にした。申請書さえFAXするか(あるいは持参すれば)、それを受理しない福祉事務所は「申請権の侵害」をしたこととなり、違法行為になるからだ。申請書は絶対に受理しなくてはならない。
一人では手が届かないかもしれない制度に、この「フミダン(踏み段)」を使って手を伸ばし、しっかり権利を掴んでほ欲しいという意味が込められているのだそうだ。
生活保護へのハードルの第2位である集団生活を強いられる相部屋施設への忌避感はどうしたらよういだろうか。
コロナウィルスの感染拡大を防止するため、東京都ではビジネスホテルの利用が可能になった。施設での集団生活を回避できることで生活保護制度につながり、アパートへの転宅を果たした人は数知れない。しかし、それでも、支援者の同行がない場合は、福祉事務所はビジネスホテルを提示することなく、コロナ禍でも申請者を相部屋施設に 送り込んでしまうという情けない実態はあるのだが……。
そして、生活保護を忌避する要因の第1位、長い間絶対に変えることはできないと私たちや他の支援者たちも考えていた「扶養照会」である。扶養照会とは、生活保護を申請すると、親族に援助の可否を問う通知が福祉事務所から送られることである。自己責任論が渦巻き、恥の文化が色濃いこの国で、扶養照会は人々を制度利用から遠ざけ、関わる人間をほぼ全方位的に苦しめてきた。
大きな山が動いた。扶養照会は止められる
アンケートを実施したのは、生活に困っても制度を利用しない理由を可視化する必要があると思ったからだ。制度を利用しない一番大きな要因が扶養照会であることを、生活困窮者支援に携わる者なら誰でも知っているが、データは誰もとっていなかった。
2020年、コロナの感染拡大による緊急事態宣言や営業自粛により、仕事も家も失った人たちのSOSを受けて、連日あちこちの福祉事務所に同行していた夏ごろ、やはり支援に走り回っていた足立区の小椋修平区議から「昨年度の足立区の扶養実績が2275件中7件」という電話を受けた。親族に対して行われた扶養照会に対して、金銭的援助を得られたのが7件しかなかったのである。
0.3%という実績の低さに目玉が飛び出るほどの衝撃を受けたと同時に、これなら扶養照会というルール自体を変えられるのではないかとも思ったのが、アンケートを実施するきっかけとなった。
つくろい東京ファンド
2014年、設立。都内の空き家・空き室を借り上げて、個室シェルターや支援住宅として低所得者への住宅支援に活用する事業を展開している。代表理事・稲葉剛。
生活保護捕捉率
捕捉率(ほそくりつ)とは、ある制度の対象となる人の中で、実際にその制度を利用している人がどれくらいいるかを表す数値。生活保護制度においては、生活保護を利用する資格がある人のうち、実際に利用している人の割合をいう。
相部屋施設
無料低額宿泊所や、厚生施設や婦人保護施設など。
扶養照会
福祉事務所が生活保護を申請した人の親族に「援助が可能かどうか」と問い合わせること。照会は通常、二親等以内の親族(親・子・きょうだい・祖父母・孫)に対して、援助の可否を問う手紙を郵送することで実施され、過去におじ・おばから援助を受けていた等、特別な事情がある場合は三親等の親族に問い合わせが行くこともある(「つくろい東京ファンド」サイトより)