同時に、つくろい東京ファンドの稲葉剛が署名サイトで「困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」という署名を集め、57,478筆が集まった。署名は今も継続中で、その数は増え続けている(22年1月28日現在61436筆)。
署名活動の傍ら、稲葉は扶養照会にまつわる体験談を募集した。こちらには150件を超える悲痛な体験談が、生活保護利用者、その親族、職務に当たった福祉事務所職員から送られてきた。
署名と体験談を携え、2021年2月8日、3月17日の2度にわたり厚生労働省に申し入れを行った。
その結果、2月26日付で厚生労働省は扶養照会に関する要領を一部マイナーチェンジした通知を各自治体に送り、その1カ月後の3月30日付で「『生活保護問答集について』の一部改正について」と題する事務連絡を発出した。
この2度目の変更内容は、これまでは扶養につながらないことが分かっているくせに問答無用で行われてきた扶養照会が、2021年4月1日からは申請者の意向を尊重するように!となったのだ。生活保護申請者が扶養照会を拒む場合には、「扶養義務履行が期待できない場合」に当たる事情がないかを特に丁寧に聞き取れというもの。
それだけでなく、「扶養照会をしなくていい」とされる項目が一気に増えた。それは、解釈の仕方によっては、誰でも実質的には止めることができるというものだった。
もちろん、このような運用変更がマニュアルとして使われている「生活保護手帳別冊問答集」に記載されても、知らなかったり、知っていても申請者を脅かそうとする職員がいるのが、残念ながら福祉事務所というところなので、つくろい東京ファンドは生活保護に詳しい専門家や法律家たちの集まりである「生活保護問題対策全国会議」の皆さんと、扶養照会を確実に止めるための申出書と添付シートを作成した。これを持参すれば、一目瞭然。扶養照会はされず、申請者も安心するし、ただでさえ多忙な福祉事務所職員も無駄な作業を省ける。照会通知を送られて困る親族も生まれない。三方よしなのだ。皆さん、使いましょう。
このように、支援団体は日々、制度利用へのハードルを下げるべく、脳みそから汗をかくほど知恵を絞りながら走り回っている。だから公助よ、長い眠りから覚めてくれ。
生活困窮の果てに起こる悲劇を止めて
この原稿を書いている最中、21年12月17日に大阪の雑居ビル4階の精神科クリニックで起きた放火事件で25人もの尊い命を巻き添えにして死亡した犯人が、事件発生時に所持金約1,000円で銀行口座の残高もわずかしかなく、その上、過去に2度、大阪市此花区役所で生活保護の相談をしていたというニュースが飛び込んできた。本人が亡くなってしまった今、どうして保護利用に至らなかったのか、なぜ、あのような事件を起こしたのか、どうして精神科クリニックだったのか、事の真相はもはや分からない。やりきれない気持ちと同時に、このような事件が生活困窮者への偏見や差別を助長しないよう、切に願う。
今、この国で、貯金を切り崩しながら、明日への不安に眠れぬ夜を過ごす人たちを思う。わずかな貯金が尽きたその先を憂う。
生活に困るのは、自己責任ではない。それぞれ、誰もが必死に生きてきたのだ。だから、困った時には誰もが胸を張って社会保障制度を使っていい。
悲劇的な事件や死を完全になくすことはできないにしても、劇的に減らすことは確実にできる。人々の生活と命を守るために社会保障がしっかり機能すればいいだけの話だ。それは国の仕事だ、国の責任だ。自己責任だと突き放して、個人の努力や市民団体に甘えるのもいい加減にしてほしい。これ以上、人々を絶望させないでくれ。
*扶養照会に関するお問い合わせは、つくろい東京ファンド小林宛(info@tsukuroi.tokyo)にお送りください。
つくろい東京ファンド
2014年、設立。都内の空き家・空き室を借り上げて、個室シェルターや支援住宅として低所得者への住宅支援に活用する事業を展開している。代表理事・稲葉剛。
生活保護捕捉率
捕捉率(ほそくりつ)とは、ある制度の対象となる人の中で、実際にその制度を利用している人がどれくらいいるかを表す数値。生活保護制度においては、生活保護を利用する資格がある人のうち、実際に利用している人の割合をいう。
相部屋施設
無料低額宿泊所や、厚生施設や婦人保護施設など。
扶養照会
福祉事務所が生活保護を申請した人の親族に「援助が可能かどうか」と問い合わせること。照会は通常、二親等以内の親族(親・子・きょうだい・祖父母・孫)に対して、援助の可否を問う手紙を郵送することで実施され、過去におじ・おばから援助を受けていた等、特別な事情がある場合は三親等の親族に問い合わせが行くこともある(「つくろい東京ファンド」サイトより)