その公判の終了直前、言いたいことを問われた被告は、放火によって家を焼け出された2家庭と、その飼い犬にのみ謝罪をした。ところが、それ以外の被害者に対しては、罪の意識どころか再犯予告ともとれる言葉を吐いたのだ。
〈今現在、多くの困窮者が支援を受けられず、見殺しにされています。しかし戦争の被害者という一方的な理由によって、国民以上の支援を受けようとしている人がいる。今回の件で被害を与えてしまった方々に、直接的な罪はないのかもしれません。しかし私のように彼らに差別、偏見、そうした感情を抱いている方は、国内のみならず至るところにいる。この事件を一個人による身勝手な差別による感情に伴うものとして収束させようとするなら、今後同様の事件、いいえ、さらに凶悪な事件さえも起こることは容易に想像できるはず。それを皆さま1人1人が考えていかなければ、さらに多くの罪のない人々が今度はさらに命を失うことになるかもしれません。この私の放火は、単なる個人的な感情だけに基づくものではない〉(〈〉内は法廷証言より、以下同)
直接の被害者ではない私ですら、心を抉られる思いだった。被告人がまったく反省していないなら、懲役4年では刑が軽すぎるのではないか、と冨増弁護士に尋ねた。
(冨増四季弁護士)
「『非現住建造物等放火』という点で見ると、初犯で懲役4年の実刑は、これまでの量刑相場に照らしても決して軽いものではありません。しかし本件の攻撃対象は、物ではなく、地域の人の生活基盤です。懲役4年が『重い』と評価できるのは、非現住カテゴリーの話です。これが最初の起訴段階で『現住建造物等放火』とされていたなら、全く話が変わります。同じ懲役4年でも「あまりに軽すぎる」という評価になります。また、奈良の事件が不起訴にされたために、本件の差別行為としての社会的インパクトの考慮が果たして十分であったか、疑念を残す判断となりました。
本件は、差別意識に基づく放火による威圧で、地域の人々を不安に陥れ、模倣犯を扇動し、マイノリティを日本から排除し、ともすれば抹殺を願ったものです。そのことを被告人は法廷で堂々と語りました。しかも現場の状況から、現住性が確認可能であることもわかります。であるならば『人が住んでいると思わなかった。住んでいると知っていたら放火しなかった』などという供述を安易に信用して良い事案なのか。
判決により抑止効果がどの程度期待できるのかに重きを置くなら、起訴罪名を前提とした量刑相場を手がかりにした刑期の長短の分析には、意味がないかもしれません。それよりも、起訴状で検察官がどんな事実を切り出し、どのような罪名をあてたか。それらが被害の本質をきちんと反映しているのか。裁判所がどのような事情を重視しどんな言葉で量刑理由を表現するのかが、重要だと思います」
判決を前に、ウトロ町内会会長の山本源晙さんはぽつりと言った。
(山本源晙さん)
「やっぱりね、差別であることを司法が酌んでくれて、差別って言葉を一つでもね、入れてくれたら……。僕は自分の家を燃やされましたけど、それがヘイトクライムであるということを、どこまで酌んでくれるのか。裁判でも被告は、在日に対しての差別的な考えは全然変わっていなかった。……うまく言葉にならへんけど、普通の感覚に戻ってくれるのかなと、犯人に対しては思いますね」
独善的かつ身勝手な犯行に、酌むべき点はない
差別であること、被告人が自分の罪と向き合うために、それなりの期間の実刑を科すこと。その2つを願いながら、私は8月30日、京都地裁の傍聴席に再び座った。周囲を見回すと知っている顔も知らない顔も、一様に表情が硬い印象を受けた。
〈今から判決を言い渡します。主文、被告人を懲役4年に処する。未決勾留日数中250日を、その刑に参入する〉
執行猶予のない、求刑通りの判決だった。増田啓祐裁判長による、理由の要旨が続く。
〈京都・名古屋両事件に関する上記の動機は、主として、在日韓国・朝鮮人という特定の出自を持つ人々に対する偏見や嫌悪感等に基づく、誠に独善的かつ身勝手なものであって、およそ酌むべき点はない〉
〈暴力的な手段で社会の不安を煽り世論を喚起しようとすることは、民主主義社会において到底許容されるものではない〉
増田裁判長は、偏見や嫌悪感に基づく犯行は許されるものではないと言い切った。また立て看板を「地域の象徴」として、焼失は財産的損害だけではなく精神的苦痛も大きいことにも触れた。
しかし、「差別」という言葉は最後まで出てこなかった。果たしてほっとしていいのか、それともこれでは十分とは言えないのか。思わず周囲を見回した。
判決後、山本さんは悔しい思いを口にした。
(山本源晙さん)
「量刑は裁判所が決めることだし、差別を禁止する法律がないから、裁判官も仕方なかったのでしょう。精一杯のことをしたのかもしれないと思いますが、地域差別や人種差別など、ヘイトクライムに関する言葉が入ってたら、今後変わっていくのではないかと期待していたのですが……」
豊福弁護士をはじめとするウトロ被害者側の弁護団も、判決文において「差別」という表現を避けたことを厳しく指摘する、声明文を発表した。
「今回の判決では、日本の刑事司法の歴史上初めて、公判廷において人種差別目的が認定されるか注目されていましたが、残念ながら、判示において、「人種差別」「差別目的」という言葉は一つも現れませんでした。すなわち、今回の判決においては「敵対感情」「嫌悪感」という表現はでてきましたが、一度も「差別」という言葉がありませんでした。(中略)(判決は、)差別という言葉を意図的にあえて避けているとしかいいようがなく、きわめて不十分なものである」
しかし、南山城同胞生活相談センター代表の金秀煥さんは記者会見の場で、こう語った。
(金秀煥さん)
「正直ほっとした。判決が単なる空き家に対する放火で済まされてしまったら、住民の前でどう説明したらという不安ばかり持っていた。期待以上の判決とはいえないが、この社会は一歩一歩進んでいるんだということを住民たちに伝えられる判決でほっとしている。
裁判長が立て看板を『この地区の象徴である』と言ってくれたこと、精神的損害が認識されたのは嬉しい」
人種差別撤廃条約の6条
締約国は、自国の管轄の下にあるすべての者に対し、権限のある自国の裁判所及び他の国家機関を通じて、この条約に反して人権及び基本的自由を侵害するあらゆる人種差別の行為に対する効果的な保護及び救済措置を確保し、並びにその差別の結果として被ったあらゆる損害に対し、公正かつ適正な賠償又は救済を当該裁判所に求める権利を確保する。