京都府宇治市の在日韓国・朝鮮人の集住地区ウトロで2021年8月30日に放火事件が起きた。裁判では被告人が差別感情によって犯行に及んだと述べ、判決において「ヘイトクライム」と認定されるかどうかが注目された。ライターの朴順梨さんがウトロを訪れ、関係者に取材した。
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なぜ検事も裁判官も弁護士も、「差別」という言葉を使わなかったのか。それを言うと、罰ゲームでも始まると言うのか。2022年8月29日、モヤモヤした気持ちを抱えながら、ウトロ被害者弁護団長の豊福誠二弁護士を訪ねた。この翌日に、判決が言い渡されることになっていた。
「これのね、5番目を見て欲しいんですが……」。豊福弁護士が差し出した資料には、2009年の京都朝鮮学校からウトロ放火まで、この10数年に日本国内で起きたヘイトクライムがリスト化されていた。「5番目」には、2015年3月に東京都新宿区の韓国文化院に39歳(当時)の男性が押し入り、1階にライターオイルをかけて火をつけた事件が記載されていた。
(豊福誠二弁護士)
「この事件の判決で東京地裁は、『韓国に対する悪感情から、無差別的に火を放った独善的で利己的な犯行』と認定しました。悪感情は、この時に出てきた表現です。前例があるから、検事としては使い勝手が良かったのでしょう。この悪感情は『身勝手な動機』として矮小化されていますが、差別と悪感情は違うもので、差別は個人の好き嫌いとは関係ありません」
現行法でも差別被害の救済は可能
ウトロ放火裁判の被告人が問われていたのは建造物損壊と器物損壊、非現住建造物等放火の3つであり、差別自体は罪に問われていない。今の日本には、ヘイトスピーチに直接的な刑事罰を科す法律はない。それゆえに「差別動機による犯罪」は、認められないのだろうか。
(豊福誠二弁護士)
「認められたケースもあります。2018年に在日コリアンの中学生が、66歳(当時)男性からネット上で民族差別的な誹謗中傷を受けたことがあります。この中学生と家族は発信者を特定して刑事告訴したところ、川崎簡裁は侮辱罪を認めました。ネット上のヘイトスピーチに刑事罰が下されたケースと言えますが、わずか科料9000円の略式命令に終わりました。そこでこの中学生と家族は、2019年3月に名誉毀損と侮辱、差別に基づく人権侵害の損害賠償を求める民事訴訟を提起しました。この裁判でも『本件記載は人種差別に該当する内容のものである』と、差別による誹謗中傷であることが認められたのです。
裁判所が前例のないことに対して、慎重なのは構わないと思います。しかし慎重ながらも、一歩を踏み出す努力をして欲しい。立法も行政もマイノリティを無視しがちですから、せめて司法だけは、『あなたたちを無視していません』というサインを、発しても良いのではないかと思います」
ウトロ被害者弁護団の冨増四季弁護士は、現行法の範囲でも差別を量刑に取り込むことはできると語った。
(冨増四季弁護士)
「犯行の社会的影響や、近隣住民に与えた恐怖感などを量刑事情に取り込むことはさほど珍しいことではありません。人種主義的動機による犯罪に対しては、動機の悪質性として検察官が適切に立証し、裁判所が量刑上考慮する。これは国連審査で日本政府が繰り返し示してきた政府公式見解です。直接関連する条文が、差別被害に対する『効果的な保護及び救済措置』を政府に義務付ける人種差別撤廃条約の6条であり、同上の国連公式の解釈指針が、一般的勧告31の2章の一部となります。
この条約を国会は、1995年12月に法律に優位する規範として承認しています。罰則を強化するヘイトクライム新法が必要だとの声もありますが、『現行法では対処できない』というイメージがあまりに強調されてしまうと、『新法ができるまでは、ヘイトクライムをあえて特別に扱う必要はないはず』と、裁判官や検察官に気持ちの緩みを持たせてしまうことに繋がると思います。条約はマイノリティを守るための法規範のひとつです。裁判所をも拘束するルールなのに、これを自分たちから手放してしまっているような状況は、法律家としてはもどかしく感じてしまいます」
最後まで謝罪をしなかった被告人
龍谷大学法科大学院教授の金尚均(キム・サンギュン)さんによると、非現住建造物放火は2年以上30年以内と幅の広い量刑が科されるそうだ。しかし3回目公判の際、検事は「身勝手な動機の危険極まりない犯行であり、被害結果が甚大なのに弁償がまったくなされていない」として、懲役4年が相当だとした。一方の被告側弁護士は「前科がないことを考慮する量刑とすべき。また勾留日数を量刑に反映すべき」と主張した。
人種差別撤廃条約の6条
締約国は、自国の管轄の下にあるすべての者に対し、権限のある自国の裁判所及び他の国家機関を通じて、この条約に反して人権及び基本的自由を侵害するあらゆる人種差別の行為に対する効果的な保護及び救済措置を確保し、並びにその差別の結果として被ったあらゆる損害に対し、公正かつ適正な賠償又は救済を当該裁判所に求める権利を確保する。