70%とは、思いもしない数字だった。確かに、国民皆年金制度のスタートが1961年なので、85年当時は女性高齢者のほとんどが低年金か無年金だったと思われ、そのために貧困率が高かったことは容易に推測できる。しかし、高齢者の多くが年金を唯一の生活手段とする今の時代において、単身高齢女性の半数近くが貧困であるというのはやはり大きな問題だ。
「死別」「離別」「未婚」それぞれの困難
高齢単身女性は、婚姻状況により「死別」、「離別」、「未婚」という3つのカテゴリーに分けられ、阿部教授の前出の調査は婚姻状況別の貧困率も出している。
データを見る限り、これらの3つの貧困率は、基本的に「離別」「未婚」「死別」の順に高い。過去にはだいぶ三者の差が開いていたが、このところ、かなり近づいてきていることが見て取れる。
最も貧困率が高い、「離別」女性から見ていこう。貧困率は1985年の34%からだいぶ悪化し、2021年時点で44%にのぼる。
「離別単身女性の貧困率が高いのは当然と言えます。そもそも、離別率が約80%にもなる母子世帯のうち、5割近くが貧困です。母子世帯の母親たちは、子どもが成人するか婚姻すれば分類上、離別単身女性となります。当然のことですが、その瞬間に貧困状態でなくなるわけがない。離別には『年金分割制度』がありますが、あまり浸透していませんし、そもそも全ての離別女性をカバーするものにはなっていません」
母子世帯の貧困は、ほとんどが非正規かつ低収入の仕事にしか就けず、また別れた夫による養育費未払いが横行していることが原因である。児童扶養手当など福祉のセーフティーネットはあるが、子どもが18歳を迎えた年の年度末になると支給は止まる。高校を卒業した子どもが大学や専門学校へ進学すれば学費などの負担が母親にのしかかり、より困窮は深まることとなるが、貧困の連鎖を断つためにはと、苦渋の選択をしてでも子どもに高等教育を受けさせようとするシングルマザーは多い。離別女性の貧困は、子どもが大きくなったら終わり、ではないのだ。
それでは、貧困率が離別の次に高い「未婚」の高齢女性はどうか。85年の貧困率は53%だったが、2021年は離別とほぼ同水準の43%になっている。
「女性の仕事が限られていた時代に働いていた未婚高齢女性は、低収入ゆえに貧困率が高くなっていました。男女雇用機会均等法施行の86年以降、女性に雇用機会が増え、特に未婚女性はフルタイムで働き続けた人も多いので、男性と遜色ない老後が待っていてもおかしくないのですが、そうはなってはいません。もっと貧困率が下がってもいいと思うのですが……」
高齢単身女性の過半数を占めるのは、夫を亡くした後、一人で暮らす、「死別」女性だ。貧困率は3つのカテゴリーの中で最も低いが、未婚・離別に近づきつつある。
「死別女性は遺族年金があるから、死別後の生活には問題がないと捉えられてきましたが、2021年の貧困率は32%。1985年の24%からじわじわと上昇し、思ったよりも高い貧困率になっていました。死別女性の貧困率がこれだけ高いというのは、新しい知見かと思います」
老後の女性が生きていける道は……?
ならば、家族の支えは期待できるのだろうか。かつては、同居する子どもや、子どもたちからの仕送りが高齢の親世代を支えていた。
「今、未婚女性の増加だけでなく、既婚でも子どもがいない女性がとても増えています。子どもの支えが期待できない層が増えているのです。
しかし、たとえ子どもがいても、親との同居は親・子、両方の側から難しい場合も多い。まして、現役世代の家計が厳しくなる中、仕送りするような余裕が子どもの側にあるわけがない。ひと昔前なら、きょうだいが何人もいて、みんなで少しずつ仕送りすれば親を支えることができたかもしれませんが、今はもう一世帯あたりの子どもの数も減り、支えの基盤が弱くなっているのです」
――つまり「離別」、「未婚」、「死別」のどれを見ても、そして子がいてもいなくても、高齢単身女性に安心できる老後はないということだ。婚姻状況別で唯一、貧困率が下がっているのは「既婚(夫がいる)」の女性で、14%(2021年)と圧倒的に貧困率が低い。
「貧困率に着目すると、“まず結婚し、その後は離婚しないで、なるべく夫に長く生きてもらう”が、貧困に陥らないベストな選択ということになってしまいます」
この国における女性の未来は、何と絶望的な状況に置かれているのだろう。
貧困率の男女差=男女の賃金格差
一方、男性はどうなのだろうか。高齢単身女性の貧困率が44%(2021年)であるのに対し、高齢単身男性の貧困率は30%(同)と、男女で大きな開きがある。
やはりここには、男女の賃金格差の問題が否応なくあるのだろう。同じ正規雇用でも、男女で生涯賃金に開きがあるというのは、紛れもない事実だ。
「これまで女性の労働問題となると、保育所の補充やワークライフバランス(家庭と仕事の両立)など、あくまで家族単位の、子育て政策の領域で語られてきました。これでは、未婚や子どもがいない女性にとっては何の助けにもなりません。労働市場の中にある男女格差を是正しようという視点、女性は差別されているという視点がなぜないのかと思います。
賃金格差も、『正規労働か、非正規労働か』で語られてしまうことがほとんどですが、最初の就職から非正規という女性は30%ほどで、正規の就職の女性も多い。未婚の女性や、結婚や出産を機に辞めない人も増えているので、正規で働けている女性もいる。ですが、未婚女性でここまで貧困率が高いのは、ワークライフバランスが問題なのではなく、そもそも労働市場における男女間格差が問題なのです。同じ正規の仕事でも女性の賃金が低いことに加え、その正規の仕事も女性が続けるのは難しいわけですから、女性は二重に不利だと言えます」
東京都立大学教授の阿部彩教授の調査
阿部彩(2024)「相対的貧困率の動向(2022調査update)」JSPS22H05098, https://www.hinkonstat.net/
貧困ライン
日本における貧困ラインとは、等価可処分所得(世帯の可処分所得〈収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入〉を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分の額のこと(厚生労働省の定義による)。
『年金分割制度』
婚姻期間中に納めた厚生年金保険料を「夫婦共同で納めた保険料」とみなし、離婚時に分割する制度。2007年に制度開始。
遺族年金
条件を満たせば、死別した配偶者などが受給すべきだった年金の一部を、遺族が受け取ることができる制度。