年金制度の限界
もう一つ、大きな問題が年金制度だ。女性が男性より低収入であれば、当然、年金受給額も低くなる。非正規で働く期間が長ければ、それも低年金につながる。
「単身高齢男性の貧困率を見ると、年金制度の限界がはっきりするでしょう。女性より生涯賃金が高く、非正規率も低かったはずなのに、貧困率30%という数字はかなり高いのです。今の制度で支給される年金は、『夫婦揃っていれば何とか貧困ラインを越えられるレベル』に過ぎないケースが増えてきています。夫婦のどちらかが亡くなり一人になった時に、貧困に陥らずにいることが難しくなっているのです。
ただし、この問題は、年金受給額の平均値を見ているだけだとなかなか実感できまません。厚生年金保険料を支払った期間が長ければ長いほど、また給与が高ければ高いほど年金の受給額は上がってきますから、中には、年金だけで不自由なく過ごせる夫婦もいます。逆に、自営業や非正規で働いてきた人のように、厚生年金がなく国民年金だけだと、低額受給者になります。これは年金の仕組みそのものが生み出す、受給額の格差の問題です」
年金制度の不備を見るにつけ、自営業者や非正規労働者は老後、飢えて死ねと言っているようにしか感じられない。少なくとも、年金制度の上では彼ら彼女らの未来を保証しないということになっている。
昨今、強まってきた、国家をあげて「自助を」と叫ぶ声。どこまでも自助を求め自己責任を強いる国というのは、何と生きにくく、苦しい社会であることか。世に低額受給者は、決して少数派ではない。現に、スーパーなどで働く高齢者をよく見かけるようになった。若い時からずっと働き続けてきた人たちが「ワーキングプア」に陥るしかない、この国のありようが問題なのだ。なぜ、これほどの年金格差が生まれるのだろう。
「日本の公的年金は、再分配効果がゼロとは言いませんが、その意味合いがものすごく弱いのです。日本政府はずっと、『年金とは、保険だ』と説明してきました。保険なので『たくさん払えば、それだけ高い保障が貰える。少ししか払っていない人は、少ししか貰えない』ということです。でもこの仕組みでは、多額の保険料を払えなかった人は救えないのです。また、日本の年金制度には、『最低保障年金』という枠組みがありません。社会保障全体を見れば、日本には生活を保障するには生活保護しかない。生活保護をもっと使いやすくするか、最低保障年金制度を作るか、低額受給者にはどちらかが必要だと思います」
最低保障年金制度は、国によって名称は異なるが、カナダ、ニュージーランド、タイ、デンマーク、フランス、アイルランド、ノルウェー、スウェーデン、南アフリカなどで導入されている。
全日本年金者組合の調査報告「最低保障年金制度~外国の事例から」を見ると、例えばノルウェーでは、「最低限の生活をするための必要な金額」を「基礎額」とし、毎年、国会においてこの基礎額を決める。2019年5月の「基礎額」は、日本円に換算すると年間約130万、月額約11万円。単身者は基礎額の2倍、夫婦は一人あたり基礎額の1.85倍が満額で、ここから個人積立年金などを差し引いた額面が「最低保障年金」として支給される。
スウェーデンには「保証年金」という制度がある。国庫を財源とし、居住期間などの条件はあるが、無年金者・低年金者を対象に、65歳から支給される。物価を基準にした「物価基礎額」をもとに「保証額」が決められ、単身者の場合、物価基礎額の2.13倍と「所得比例年金」額との差額が保証額となる。高所得者は対象外なので、「所得比例年金」額が物価基礎額の3.07倍を超えると保証年金は支給されない。
また、阿部教授によれば、オーストラリアでは、一定以上の所得がある層には年金に相当する国からの支給がなく、低所得者にのみ支給するという。中間層以上には、税制優遇のつく民間保険への加入を国が勧めるという。
「ただ、年金制度を根幹から変えるとなると、なかなか難しい。
かといって年金受給額を底上げできるような財源はない、と政府は言います。となれば、高額受給者の年金をカットして、低額受給者に分配するしかないでしょう。とはいえ、これが実現できるかどうかは疑問です。もしこういった政策案が発表されたとしたら、恐らくメディアが年金生活者からの搾取だとセンセーショナルに報道し、一般の人々の間にも反対が巻き起こるでしょうね」
これからを生きる高齢女性に希望はあるのか
年金制度の改善が期待できないのであれば、生活保護はどうだろう。
親戚や地域社会から負のレッテルを貼られるのを恐れ、なかなか申請に踏み切るのが難しいのが今の生活保護だ。申請しても、今度は福祉事務所の水際作戦で妨害される。
「バス停で亡くなった大林さんのような状況であれば、生活保護を受けてくれればよかったと思います。あるいは、誰かが役所に一報を入れてくれていたら……。役所も申請主義を脱却し、アウトリーチを取り入れて、苦しい人を何とか生活保護につなげていってほしいですね。生活保護は国民の権利なのですから、大手を振って受けてくださいと、私は思います。申請することの心理的ハードルを、無くしていくべきだと思います」
ただし、高齢女性の一人暮らしが増えているということは悪い面ばかりではない。人によっては「その選択ができる」時代になったということでもあると、阿部教授は言う。確かに少し前までは、単身女性が部屋を借りることさえも簡単ではなかった。
「かつては未婚の女性だったら、年齢が上がっていっても兄夫婦の家で暮らすとか、80代の親と住み続けなければならないとかが当たり前で、一人暮らしの選択肢はありませんでした。それが不幸せかどうかは本人、ご家族によりますが、『自分の生活』が制限される側面は否めなかったでしょう。
逆に言えば、今の女性は高齢でも単身でも、家庭に縛られず一人暮らしができるようになっているということでもあります。
高齢女性は、同世代の男性より、家計のやりくりもコミュニケーションも上手で、低収入でも強かに生きている人はたくさんいます」
では、そういった人たちに、国として何をすべきなのか。
東京都立大学教授の阿部彩教授の調査
阿部彩(2024)「相対的貧困率の動向(2022調査update)」JSPS22H05098, https://www.hinkonstat.net/
貧困ライン
日本における貧困ラインとは、等価可処分所得(世帯の可処分所得〈収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入〉を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分の額のこと(厚生労働省の定義による)。
『年金分割制度』
婚姻期間中に納めた厚生年金保険料を「夫婦共同で納めた保険料」とみなし、離婚時に分割する制度。2007年に制度開始。
遺族年金
条件を満たせば、死別した配偶者などが受給すべきだった年金の一部を、遺族が受け取ることができる制度。