日本が「子どもの権利条約」(日本政府訳では「児童の権利に関する条約」)を批准したのは1994年、約30年前のことだ。しかし国の問題意識は低く、国連からは状況を改善するよう繰り返し勧告を受けてきた。そうした事態も、2022年6月に「こども基本法」「こども家庭庁設置法」が成立、翌年4月にこども家庭庁創設、12月に「こども大綱」が閣議決定されるなど、近年、ようやく変わり始めたかに見える。
一方、2024年末から2025年初め、「子どもに権利はない」と議員が持論を展開したり、校則のあり方を見直す中学生からの請願を却下したりするなど、身近な子ども政策を作る立場にある地方議会で、子どもの権利への無知や誤解があからさまに示される出来事が相次いだ。「子どもの権利」という言葉だけが広まり、その中身自体は理解されていないことがうかがえるが、もしかしたら「権利」にネガティブなイメージを持つ人が多いことが理由かもしれない。「子どもの権利を知ることで、子育ての思い込みやプレッシャーから解放されるなど、大人にとってもよいことがたくさんあるんです」と話す日本弁護士連合会子どもの権利委員会副委員長を務める間宮静香弁護士に、子どもも大人も幸せになれる「子どもの権利」の考え方についてうかがった。
※「こども」「子ども」表記について。一般的に「子ども」は18歳未満を指し、国連子どもの権利条約や子ども・子育て支援法での「子ども」も同様である。一方、「こども基本法」での「こども」は、年齢で区切ることで支援が途切れないよう対象年齢を設けず「心身の発達の過程にあるもの」としている。
間宮静香弁護士
「未来を担う子ども」という表現の何が問題か
――こども基本法の成立や、こども家庭庁の創設によって、子どもの権利をめぐる状況に変化はありましたか。
「子どもの権利」とは何か、ということについての理解は、法律や省庁ができただけではなかなか進まないと感じています。人権とは「思いやり」や「やさしさ」ではなく、「誰もが生まれながらに持っている、その人がその人らしく生きることができる権利」です。しかし、子どもはただ「子どもだから」というだけで人として尊重されず、大人と同じ人権を持っているとみなされてきませんでした。それを保障していかなければならないというのが子どもの権利の考え方です。一方、「子どももひとりの人であり、権利の主体である」ということがきちんと押さえられないまま、「こんな権利がある」といったところだけが伝わってしまっていることが、「わがままになる」などの誤解を生む原因になっているのだと思います。
日本弁護士連合会は長らく、子どもの権利に関する基本法の制定を求めてきました。「こども基本法」は、途中までは「こどもの権利基本法」として議論されていたのですが、最終的には名称から「権利」が抜け、内容も権利についてではなく「こども政策を総合的に推進する」ための法律となりました。この過程自体が、まさに子どもの権利が理解されていないことの表れと言えるでしょう。
その結果、子どもや若者の意見を取り入れようという姿勢は見えるものの、こども家庭庁の施策で目立つのは児童手当拡充、妊婦への支援給付、仕事と子育ての両立支援等で、少子化対策が前面に出ています。本来、子どもの権利が守られていて、子どもが生きやすい社会であれば、少子化は自然と緩和されると思います。それなのに、子どもの権利を保障しないまま、少子化対策ばかりを目的に「産めよ増やせよ、大人への支援を」となっている現状では、子どもたちの息苦しさは変わりません。
子育て支援等の給付が家庭単位となっているのも気になります。というのは、その給付金の使い道を決めるのは親で、必ずしも子どものために役立てられるとは限らないからです。このように、子どもひとりひとりではなく家庭が単位となっていること自体、こども家庭庁がスローガンとして掲げている「こどもまんなか」ではなく、「大人まんなか」だと感じます。
また、こども基本法は子どもを「次世代」を担う存在としていますが、これは大人がこうあってほしいと思う子ども像の押し付けです。子どもを「未来を担う」存在としてのみ捉えることは、子どもの権利の観点から言えば、かなりズレていると言えます。仮に難病で余命1年という子どもにも、子どもの権利はあるのです。「子どもの権利条約の精神的父」と呼ばれるヤヌシュ・コルチャックの言葉を借りれば、子どもは「今日という日を生きる権利」を持っています。大人は「将来のために今は我慢しなさい」と子どもに言いがちですが、子どもにとって今日を安心して楽しく過ごせることが一番大事だという視点を忘れてはいけないと思います。
「子どもの権利」の認知度はまだまだ低いが……
――こども基本法第15条には「国は、この法律及び児童の権利に関する条約の趣旨及び内容について、広報活動等を通じて国民に周知を図り、その理解を得るよう努めるものとする」とあります。この法律が成立して約3年が経ちますが、社会に子どもの権利への理解は広まっていないのでしょうか?
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが2024年に行った調査では、子どもの権利について「聞いたことがない」という大人は47.6%、逆に「内容までよく知っている」と答えたのはわずか3.7%でした。また「子どもの権利について考えたこともない」という回答は19.8%。「尊重する必要を認めない」(1.8%)、「あまり尊重していない」(8.9%)はいずれも前回2019年の調査から増えています。法律で定めているのですから、国は子どもの権利についての周知を一層、進める必要があります。
問題は、議員など子ども施策の中身に大きな影響を与える立場にある人々でも子どもの権利を学ぶ機会が少なく、理解が広がっていないということです。また、子どもの権利を訴えても票につながりにくいので、票になりやすい子育て支援の文脈で子ども施策を考える傾向が強いのかもしれません。
――子どもの権利についての理解が進まない場所のひとつに、学校があるのではないかと思います。ここ数年で状況は変わりましたか?
日本の教育現場においては、日本が子どもの権利条約を批准した際にこの条約が先進国である日本の子どもには関係がないかのように書かれた文部事務次官通知(平成6年)が出されるなど、子どもの権利条約の理念がほとんど反映されない状況が長く続いてきました。
これは、こども基本法ができる前から子どもの権利について関連法に明記してきた児童福祉の分野とは対照的です。「保育所保育指針」では子どもの権利条約批准を受けて、1999年の改訂時に「子どもの人権に十分配慮する」という文言が入れられましたし、その後、児童虐待防止法、子ども・若者育成支援推進法、子どもの貧困対策推進法、児童福祉法などでも、条文に子どもの権利を尊重する内容の文言が入るようになりました。
とはいえ、教育分野でも少しずつ変化は見え始めています。こども基本法の成立後、2022年12月の生徒指導提要の改訂で初めて「児童生徒の権利の理解」という項目が設けられ、生徒指導を実践するうえで、子どもの権利条約の4つの一般原則(差別の禁止、子どもの最善の利益の保障、生命・生存・発達への権利、意見表明権)を理解しておくことが不可欠とされました。
私自身、教職員研修で子どもの権利について話す機会が増えるなど、学校現場での子どもの権利への関心が高まっていると感じています。たとえば10年前であれば、校長先生から「子どもに権利を教えるとわがままになる」などと言われることが多かったのですが、最近では「なかなか難しいけれども、やっていかなきゃいけないですよね。こういう時代ですし」というように反応も変わってきました。学校で子どもの権利を実現させていく入り口に、ようやくたどり着き始めた段階と言えるかもしれません。