「少子化対策」の名の下に「女性は若いうちに子どもをたくさん産もう!」というメッセージを見聞きすることが増えている。国家にとって少子化は確かに重要な課題だが、中絶問題やリプロダクティブ・ライツについて研究する塚原久美さんは、「『少子化だから出産奨励』という動きは、個々の若い女性に『子どもを産まないといけない』というプレッシャーを与えていないか」と疑問を投げかける。「産ませる」ことに前のめりな日本の「少子化対策」の問題点、そして「女性は子どもを産むのが当たり前」という前提を問い直すことがなぜ必要なのか、塚原さんにうかがった。
日本の少子化対策に欠けている視点
――これまで、日本はさまざまな少子化対策を行ってきましたが、少子化が止まらないのはなぜなのでしょうか。
少子化が止まらない根本的な原因は、日本の少子化対策にリプロダクティブ・ライツ(Reproductive Rights)の視点が欠けており、そのために対策の多くが的外れなものになってしまっていることだと考えています。
リプロダクティブ・ライツのことを、私は一般向けに「リプロの権利」と呼んでいます。「リプロ」とは「reproduction(再生産または生殖)」の略語で、生殖をめぐる出来事全般を指し、妊娠・出産・月経・更年期・中絶などの体験を含みます。「リプロ」の範疇には、望んだ妊娠や幸せな出産などといったポジティブな体験も含まれますが、一方で多くの負担を伴うものも少なくありません。月経にまつわる困難や望まない妊娠・出産、中絶、更年期障害や女性特有の疾患等に伴う心身の消耗なども含まれます。このような、妊娠しうる体を生きる人々に偏りがちなリプロの負担を緩和し、人間らしく生きることを可能にするために絶対に必要となるのが「リプロの権利」と言えるでしょう。「リプロの権利」とは、これらの生殖に関わる事柄について、十分な情報と医療アクセスのもとで、強制や差別なく自己決定できる権利です。この権利が侵害されると、「産む/産まない」への圧力や経済的制約などの問題が生じます。また、キャリアと出産・育児の両立困難、男性との賃金格差といった社会的な負荷、そして容姿への過剰な評価、セクシュアル・ハラスメント、結婚への圧力は、ジェンダー不平等に起因する負担であり、リプロの権利と密接に関連しています。
「リプロの権利」の詳細については、塚原さんの新著『産む自由/産まない自由 「リプロの権利」をひもとく』(集英社新書)を参照
ひとつ、興味深い調査をご紹介しましょう。2023年の国連人口基金「世界人口白書」に掲載されたあるグラフによると、アメリカやインドなど、「人口変動に関する主要な課題」は何かと問われた8カ国のうち、日本を除くすべての国が、課題のひとつとして「セクシュアル&リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR)」を挙げているのです。SRHRとは、一人ひとりの「産む/産まない」も含めた意思決定や性・生殖にまつわる健康へのアクセスを人権として保障すること、つまり「リプロの権利」を含む概念です。
「リプロの権利」は比較的最近、国連文書の中では1994年に明文化された概念ですが、それ以前には、出生率上昇を目的に避妊と中絶を完全に禁止したり、子なし税や独身税、多子家庭への優遇策や勲章授与など、出生促進を目的とするさまざまな政策が世界各国で広く行われてきました。しかし検証の結果、長期的にはこれらの政策で出生率を上げることはできなかったことが判明しました。現在は、「リプロの権利」と相反する「産めよ殖(ふ)やせよ」型の強制的な政策では出生率の低下も含めた人口問題は解決できないということが世界的な共通認識になっています。その中で、日本は戦前と同様に「リプロの権利」の視点を欠いたまま、「少子化」への危機感を煽り、女性に「もっと産め」と無言の圧力をかけ続けているのです。
――日本の少子化対策のどのようなところが「リプロの権利」の視点が欠けていると言えますか?
少子化対策の施策指針である「少子化社会対策大綱」では、「個々人が結婚や子供についての希望を実現できる社会をつくることを基本的な目標」とすると掲げ、そこに「個々人の決定に特定の価値観を押し付けたり、プレッシャーを与えたりすることがあってはならないことに留意」すると但し書きが付けられています。しかし「大綱」の具体的な内容を見ていくと、力を入れているのは子育て支援や結婚・出産支援で、最近、自治体等で盛んに行われているプレコンセプションケアや官製婚活、ライフプランニング教育も、「若いうちに出産を」というメッセージを強調し、若い世代に「30代前半までに子どもを産まないといけない」と感じさせるものになっていると思います。
一方、避妊・中絶など「産まない選択」の保障は不十分ですし、ジェンダー平等への取り組みもまったく足りません。結局、日本の少子化対策の中核にあるのは「産めよ殖やせよ」で、異性愛カップルを前提とした家父長的家族制度が前提となっているのです。
これらの施策が進められれば、女性に「結婚して子どもを産まなければ」というプレッシャーを強めることは容易に想像できます。
問題がある日本の少子化対策のひとつの例として、2020年に決定された「不妊治療の保険診療化」を取り上げてみましょう。これは一見、不妊治療のハードルを下げる良い政策と受け取られがちです。確かに、費用面で不妊治療をあきらめざるを得ないケースには有効かもしれません。
しかし、日本で国際標準の包括的性教育が実施され、妊娠・出産や身体管理について学ぶ機会が整えられていれば、不妊治療が必要にならなかった人もいるはずです。そこを抜きにして、ただ不妊治療を受けやすくするというのでは根本的な問題解決にはなりません。また、不妊治療は女性の心身に多大な負担をかけますが、そうしたことへのケアやサポートはほとんど顧みられていないという点も、指摘したいと思います。
もうひとつ重要なポイントは、「国がお金を出してくれるのだから、35歳を過ぎても子どもができなかったら不妊治療をやらないと」という空気が生まれる懸念です。女性自身は「子どもはいなくていい」「不妊治療をしてまで授かりたくはない」と思っているのに、その気持ちを尊重しないパートナーや家族などからのプレッシャーに耐えきれず、不妊治療に追いやられてしまう事例が現実に起こっています。