無神経な破壊実験の目的は?
2007年1月12日に、中国は自国の気象衛星を標的に衛星破壊の実験を実施した。実験は成功し、衛星は多数の破片となって軌道上に広がりつつある。標的となったのは、1999年に打ち上げられた気象衛星「風雲1号C」。高度865kmの地球を南北に回る極軌道を周回していた。
1月12日の現地時間午前6時28分(日本時間午前7時28分)、中国は四川省の西昌宇宙センターから、固体ロケット「開拓者1号」(KT-1)で、衛星破壊用弾頭を打ち上げた。弾頭は爆薬を内蔵しておらず、衝突するときの運動エネルギーで衛星を破壊する「キネティック」タイプだった。一部報道によると、この実験の前、中国は2003年以降、3回の実験失敗を繰り返していたという。
実験は成功し、風雲1号Cは、確認されただけで600個以上の破片に分解して拡散した。地上からのレーダー観測では確認不可能な、差し渡し10cm以下の破片は数万個以上発生したと推測されている。
衛星破壊実験は、冷戦時代にアメリカと旧ソ連が実施したことがある。しかし、大量の破片が発生して軌道上の衛星や宇宙機と衝突する可能性が指摘されたことから、1985年以降実施されていなかった。破片は、わずかに存在する空気抵抗によって徐々に落下して燃え尽きる。アメリカと旧ソ連は、高度300km以下の、破片が落下しやすい比較的低い軌道で実験を実施していた。これに対して中国は、空気抵抗による落下がほとんど望めない高度865kmの軌道で実験を行った。この一点だけを考えても、中国が非常に無神経に実験を実施したことが分かる。
増える一方のスペース・デブリ
地球を周回する軌道を周回する、人工物体のうち、衛星やロケットの破片、任務を終了した人工衛星など、使用されていないものを「スペース・デブリ」(宇宙ゴミ)と呼ぶ。大きなものは打ち上げに使用したロケットの最終段から、小さなものは衛星からはげ落ちた塗装膜破片のような数mm以下のものまで、その種類は多種多様である。1957年の最初の人工衛星「スプートニク1号」打ち上げ以降、スペース・デブリは増える一方だ。軌道上の人工物体は北米防空司令部(NORAD)がレーダーを使って監視しており、差し渡し10cm以上のものはすべてカタログ化している。その数は約1万1000個で、今なお増え続けている。レーダー観測不可能な、より小さなデブリは、数百万以上のオーダーで存在すると推定されている。
スペース・デブリは、非常に高速だ。衛星や有人宇宙機に、毎秒10km以上の速度で衝突する可能性がある。このため、数ミリオーダーの小さなものでも、致命的な結果を引き起こす可能性がある。
また、スペース・デブリの密度が一定以上になると、スペース・デブリ同士が衝突して新たなデブリをまき散らし、さらにデブリを再生産する連鎖反応が起きることが指摘されている。この現象を「ケスラー・シンドローム」と呼ぶ。ひとたびケスラー・シンドロームが発生すると、衛星の打ち上げてもすぐにデブリが衝突してしまうため、宇宙利用そのものが不可能になる可能性がある。
各国の顰蹙(ひんしゅく)を買った破壊実験
世界各国が中国を非難しており、特にアメリカは宇宙分野における中国との協力体制を一時停止するなど、中国に対して態度を硬化している。これに対して中国は2月12日になって、今後実験を行わないことを表明した。中国の衛星破壊実験は、1月17日にアメリカのアビエーション・ウィーク・アンド・スペース・テクノロジー誌によって報道された。翌18日、米大統領府は、中国政府に懸念を伝達したことを明らかにした。同日中にカナダとオーストラリアが中国に対する懸念を表明した。アメリカと歩調を合わせたものと思われる。
日本政府は、19日午前の記者会見において、塩崎恭久官房長官が「宇宙の平和利用、安全保障上の観点から当然のことながら懸念を持っている」と述べた。同日、麻生太郎外務大臣も米国から通報を受けたことを明らかにし、懸念を表明した。
中国は、22日に各国政府への説明を行い、23日には外務省報道官が衛星破壊実験を実施したことを公式に認めた。中国側は「他国に脅威を与える意図はなく、宇宙での軍拡をあおるつもりもない」と弁明した。
欧州連合(EU)は24日に、開催中のジュネーブ軍縮会議の席上で、「宇宙での軍備競争を拡大しないとする国際的な努力に逆行する」とコメントした。一方ロシアは、25日にインド訪問中のプーチン大統領が、「このような実験は1980年代にも行われており、中国が最初ではない。」と中国に対する一定の理解を表明した。
アメリカは、2006年4月の米中首脳会談で、ブッシュ大統領と胡錦濤国家主席が宇宙分野での協力を実施することで合意していたが、2月2日、NASA報道官は、対中協力を停止することを明らかにした。
2月12日、中国の曹剛川国防相は、北京における自民党の額賀福志郎・前防衛長官との会談で、今後は、衛星破壊実験は行わないと表明した。