情報収集衛星とは何か?
内閣官房・内閣衛星情報センターが運用する、事実上の偵察衛星。2007年3月現在、太陽光で地表を撮影する光学衛星2基と、合成開口レーダーという技術を使い、電波で地表を撮影するレーダー衛星2基、次世代の光学衛星を開発するための技術試験衛星1基の、合計5基が運用されている。光学衛星は、公称で地表の1mサイズのものを観測可能。レーダー衛星は、数メートルの大きさのものまで識別できる。光学衛星は、地表が雲で覆われていると観測ができないが、レーダー衛星は雲が出ていても、撮影できる。設計上の衛星寿命は、打ち上げ後5年となっている。情報収集衛星(IGS information gathering satellite)は、1998年8月31日に、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル「テポドン1号」の発射実験を行い、日本上空を通過させたことから急速に具体化し、同年度の補正予算で、開発が始まった。光学衛星と、レーダー衛星の各2機の、4基編成のシステムで、地球上のどの地点も、24時間に1回の割合で撮影を可能にしている。衛星の取得したデータは、北海道苫小牧市、茨城県行方市、鹿児島県阿久根市の、3カ所に存在する地上局で受信し、東京の市ヶ谷にある、内閣衛星情報センターに送られて、解析を行う。衛星の開発・製造は、三菱電機が担当した。
4基で一組の情報収集体制
使用する衛星軌道は、公的には秘密にされている。しかし実際には、衛星打ち上げ後の地上観測から、衛星は高度約490kmで、地球を南北に回る軌道(極軌道)に配備されたことが分かっている。情報収集衛星は、飛行する地域の直下の地方時を常に一定に保ち、数日ごとに同じ地域の上空を通過する性質を持つ、極軌道に投入されている。光学衛星とレーダー衛星1基ずつが組みとなり、一組は直下地方時が午前10時30分、もう一組は午後1時30分の軌道に入っている。同じ地域の上空に戻ってくる回帰周期は、ともに4日であることが判明している。
2003年3月28日にH-2Aロケット5号機で、最初の光学衛星とレーダー衛星の、各1基が打ち上げられた。しかし03年11月29日の2回目の打ち上げは、H-2Aロケット6号機のトラブルにより失敗し、光学衛星とレーダー衛星、各1基が失われた。その後、衛星は再度製造され、06年9月11日にH-2Aロケット10号機で2基目の光学衛星が、07年2月24日に同12号機で2基目のレーダー衛星と、技術試験衛星が打ち上げられ、衛星4基プラス技術試験衛星1基の体制が完成した。
衛星の性能については、最初の打ち上げの後、設計通りの性能を発揮できていないと報道された。その後、運用面の工夫で所期の性能を発揮できるようになったかは、機密とされており、明らかになっていない。
レーダー衛星1号機が故障
ところが、情報収集衛星の4基体制は長くは続かなかった。2007年3月27日、内閣衛星情報センターは、2003年に打ち上げた情報収集衛星レーダー1号機が、3月23日に故障したことを公表した。情報収集衛星の設計寿命は5年だが、レーダー1号機は打ち上げからちょうど4年しかもたなかったのだ。4基体制により、地球上の任意の場所を24時間に1回観測するという目標は崩れた。次世代のレーダー衛星の打ち上げは2012年度を予定しているが、今回打ち上げたレーダー2号機が、次世代レーダー衛星と、十分な期間同時に機能し続けてくれるかどうかは分からない。
より確実な運用のためには、衛星打ち上げ間隔を短縮する必要があるが、それは同時により一層の費用負担が発生することを意味する。
情報収集衛星にかかる膨大な費用
システム構築にかかった予算総額は、当初2538億円と見積もられた。しかし、打ち上げ失敗による衛星の再製造や、後継衛星の開発でかさみ、1998年度から2007年度までの予算総額は、5050億円となっている。この額は、H-2ロケットの開発(2700億円)、H-2Aロケットの開発(1150億円)、国際宇宙ステーション日本モジュールの開発(3200億円)などを超えており、いまや、過去に日本が実施した、最大規模の宇宙計画となっている。また、今後もシステムの運用と維持、衛星の更新などに、コンスタントに年間400億~500億円が必要になると予想されている。これらの予算は、日本の宇宙開発予算の総額を増やさずに、その中に潜り込ませることにより支出されている。結果として、情報収集衛星は、1990年代後半からの日本の宇宙開発が停滞する大きな原因となった。
情報の利用は、偵察から災害利用まで
情報収集衛星を運用する目的は、内閣官房組織令において、「我が国の安全の確保、大規模災害への対応その他の内閣の重要政策に関する画像情報の収集を目的とする」と、定義されている。このため、一応は内閣官房以外の官庁が、衛星の取得データを利用することも可能な仕組みとなっている。しかし、実際問題として各官庁でデータを利用するためには、市ヶ谷の内閣衛星情報センターと、同等の防諜手段を持つ建屋が必要ということになっているため、これまで情報収集衛星の取得データを直接利用した官庁は、存在しない。また、衛星の運用開始以降、内閣衛星情報センターは、定期的に画像解析技術者の募集をかけている。このことから、衛星が送信してくるデータを解析しきれずにいるのではないか、との疑惑が指摘されている。2007年2月、内閣衛星情報センターは、今後、解析済みのデータを加工したものを、防災用に公開していく方針であることを明らかにした。
今後は、現在運用中の技術試験衛星の運用結果に基づき、より細かい物体を識別できる後継衛星を打ち上げていく。光学衛星の分解能は、1mから60cmまで向上させる。09年度には、次世代の光学衛星1基、2011年度に次世代のレーダー衛星1基を打ち上げる予定、となっている。