宇宙基本法とは何か?
日本が、宇宙開発に対してどのような姿勢と体制で臨むかという、宇宙活動の根幹を定めた基本法で、自由民主党が第166回通常国会(会期は2007年1月25日~6月23日)に、法案提出と採決を予定している法律案。宇宙基本法の目的は、日本の宇宙開発の基本理念を明確化し、1990年代後半から退潮傾向にある宇宙開発を立て直し、発展させることである。
法案では、日本の宇宙開発の基本理念として、①宇宙科学ミッションの追求、②産業振興と国際競争力の強化、③安全保障に役立つ宇宙開発の推進、④国益のためのソフトパワーとしての国際協力の推進――という4点を挙げている。さらに理念を実現する手段として、①国民生活を向上させるための衛星利用、②安全保障のための宇宙開発の推進、③人工衛星などの自立した打ち上げ能力の保有、④民間による宇宙開発の推進――を打ち出した。条文では、国に、これら基本理念に沿った施策を策定して計画的に実施する義務を課している。
さらに周辺的な施策として、①宇宙技術の信頼性の維持と向上、②宇宙科学の推進、③国際協力の推進、④宇宙開発への人材養成と確保、⑤宇宙開発に関連する教育の振興、⑥宇宙開発に関連する情報の管理――を明文化している。
そのための国家的な司令塔として、内閣に宇宙戦略本部を設置し、宇宙基本計画を制定し、さらに宇宙関係の国内法規を整備することとしている。さらに政府は、宇宙開発に対して講じた施策の報告書を、国会に対して毎年提出する義務を負うことになる。
また、これまでは独立行政法人の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が中心となって宇宙開発を進めてきたが、宇宙基本法では、関係する主務官庁が自ら主体となって、宇宙開発を推進することとする。例えば、防衛分野で宇宙利用をするならば、JAXAやJAXAを管轄する文部科学省ではなく、防衛省が主体となって計画を進めることになる。
理念と目的を備えた宇宙開発体制へ
このことから分かるように、宇宙基本法は、宇宙開発を国家の国際的存在感を支えるパワーの一つと規定し、政治主導のトップダウンで宇宙開発体制を整え、積極的に推進することを狙ったものである。これまで日本は、どのような目的で宇宙活動を行うかという理念を、法律で規定していなかった。1969年の衆議院決議「わが国における宇宙の開発及び利用の基本に関する決議」にのっとって、内閣総理大臣の諮問機関であり、有識者から構成される総理府・宇宙開発委員会(当時、01年1月5日まで存続)が、宇宙開発に関する方針をボトムアップ的にまとめていた。宇宙開発委員会に集約された意見が総理大臣に提出され、政治の認証を受けるという仕組みであった。
しかし、2001年の省庁統合の時に、宇宙開発委員会は文部科学省の傘下に入り、その結果として、審議対象が文部科学行政のみに限定されてしまった。その後は内閣府・総合科学技術会議が、従前の宇宙開発委員会の機能を引き継ぐ形となったが、総合科学技術会議は本来科学技術全般の政策を審議する組織であり、宇宙開発分野の意思決定を行うにあたって、十分な議論を尽くすことは難しかった。
宇宙基本法では、内閣にヘッドクオーター(司令部)の役割を負わせることを明文化したことで、国家として宇宙開発に取り組む姿勢を明らかにしている。
具体的な宇宙利用はここから始まる
宇宙基本法に関しては、「防衛分野での宇宙利用を進めるためのもの」とする報道が散見される。しかし、実際には防衛分野での利用は柱の一つであるものの、それがすべてというわけではない。防衛分野における日本の宇宙利用は、これまで1969年の国会決議により、非軍事利用に限定されている。その後内閣法制局が「民間に供されている技術・サービスの利用は国会決議に反しない」という見解を出し、自衛隊の通信衛星や、GPS利用が認められた。その後も、民間の宇宙利用は進展し、例えば、アメリカの商業地球観測衛星は、日本の情報収集衛星(地表の1mの物体を識別)を超える50cmのものを識別した観測データを販売しているほどである。実際問題として、宇宙基本法の制定によって初めて可能になる防衛分野での宇宙利用は、ミサイル防衛構想において発射された大陸間弾道ミサイルを検知する早期警戒衛星など、ごく一部にとどまる。
むしろ宇宙基本法の問題点は、①政治主導のトップダウンにおいては、政治家が相当の知識を持たなければ的確な政策判断を下せないが、果たしてそれだけの能力を政治家が身につけてくれるか、②トップダウンの徹底により自発的なボトムアップ的な活力が阻害されないか――の2点である。
宇宙基本法は、その名前の通り、国政の基本方針を明示した基本法である。実際の国の行うべき施策は、今後制定される宇宙分野に関する個別法で定められることになる。宇宙基本法の成立後は、個別法の宇宙活動法(仮称)の制定が政治日程に浮上してくることになる。