教育界に侵入したニセ科学
容器に入った水に向けて、「ありがとう」と「ばかやろう」の言葉(文字)を書いた紙を貼りつけて、その水を凍らせる。すると、「ありがとう」の文字を見せた水は、対称形の美しい六角形の結晶に成長し、「ばかやろう」の文字を見せた水は、崩れた汚い結晶になるか結晶にはならなかったという。ゆえに「水が言葉を理解する」と主張する『水からの伝言』(江本勝著)や『水は答えを知っている』(同)という著書が話題になった。ところが、それが教育の世界にも浸透していったのである。学校の教員のなかには、「水はよい言葉、悪い言葉を理解する。人の体の6~7割は水だ。人によい言葉、悪い言葉をかけると人の体は影響を受ける」という考えを授業に使える、と思った人がいた。子どもたちの道徳などで、『水からの伝言』の写真を見せながら、「だから“悪い言葉”を使うのは止めよう」という式の、授業が広まった。
それを広めた教育団体は、科学者側などからの批判が高まると、ホームページからその授業案を削除したが、いまもどこかの学校で、「道徳」としてニセ科学をもとに授業が行われている。言うまでもなく、水という物質が言葉によって影響を受けることはない。
信じやすくて、素直な人をねらうニセ科学
ニセ科学の商品や「技術」を推薦して、それらを世に広げる役目をした、ある経営コンサルタントは、人間を4段階にタイプ分けしている。第1のタイプは「先覚者」。「インドのサイババがすごい」と知れば、インドまで出かけて行く人である。大人のおよそ2%で、女性がメインである。
第2は「素直な人」(20%)。「先覚者」の言うことに素直に耳を傾ける。
第3は「普通の人」(70%弱)。
最後の第4が「抵抗者」(約8%)。50歳以上の男性に多く、立場的には学者、マスコミ人などが含まれる。
ニセ科学は、まず「先覚者」をねらう。「先覚者」の3~4割が動き出すと、「素直な人」の約半分が同調し、それに「普通の人」が追随する、というのである。()
ニセ科学を活用する商売人たちは、「これは健康によい」と納得させることに必死である。それには、まず信じやすい素直な人を納得させて、あとは口コミやインターネットなどで、普通の人まで広げていく方法をとっている。
科学的な根拠が薄い体験談
治りがはかばかしくない病気にかかると、ワラをもつかみたくなるのが人の心情である。そこをねらい、根拠ありげな多くの体験談を載せた「健康食品」類のチラシや本がある。これまでも、ねつ造された体験談本が摘発されたことがあるが、体験談はいくらでも創作が可能で、たとえ体験が本当でも、果たしてその食品が効いたかどうかはわからない。何の効能もないニセ薬でも、特に精神状態に影響を受けやすい病気では、効果が現れる場合さえもある。これをプラシーボ効果(placebo effect 偽薬効果)といい、「よくなった」という体験談のなかにも、「この薬は効く」という言葉の暗示が効果をもたらした可能性がある。
「研究の結果が出ている」という場合でも、試験管レベルや、動物実験段階の結果が出ても、人間で同様の結果になるかどうかには大きな隔たりがあるのだ。
科学リテラシー(科学的常識力)の大切さ
信じやすい素直な人は、概して科学常識力(科学リテラシー)に疎い傾向がある。日本の大人には「科学は大切だと思うが、興味関心が無い」という人が多い。科学はわからないが、科学は大切だ、信頼している、と思っているので、一見、科学っぽいものに引かれる傾向があるからだ。科学とは無関係で、論理的には破綻していても、科学っぽい雰囲気が作られれば、ニセ科学を安易に信じる、信じやすくて素直な人たちがいる。実は、ニセ科学の説明がまん延するのは、科学への信頼感を利用しているためなのである。
「疑う」ことの健全性
挟んだ磁石の間を水道水が流れる装置で、「磁石のパワーで水道水中の塩素がなくなる」との説明を信じる人がいる。だが、科学リテラシーがあれば、塩素がなくなるはずがないので、おかしい、とわかる。「ゲルマニウムには健康パワーがある」と言われると、そこで思考を止めて「科学っぽい説明だから本当だろう。雑誌にも載っていたし」と、健康グッズを購入する人がいる。
さらにインターネットで「ゲルマニウムは32℃で電子放出」と見ると、「32℃より体温が高いから電子を放出するんだ」と信じ込む人がいる。実は、そんな事実はない。
ニセ科学を利用する方は、「量子力学」とか「波動」とか、科学的な言葉を散りばめて、受け入れやすい「物語」を示す。科学のセンスや知力に欠けると、すんなり受け入れてしまうのだ。
基本は「知は力」である。ニセ科学に引っかからないセンスと知力-科学リテラシー(科学的常識力)が求められているのである。