国際サンゴ礁年とは
2008年は「国際サンゴ礁年(IYOR : International Year Of Reef)」である。決めたのは、国際サンゴ礁イニシアティブ(ICRI : International Coral Reef Initiative)。1990年代、国連環境開発会議(地球サミット)の開催や生物多様性条約の発効など、地球環境問題への関心・認識が高まる中で、サンゴ礁の保全と管理に関して結成された、国際的パートナーシップである。
アメリカ、イギリス、オーストラリア、ジャマイカ、スウェーデン、日本、フィリピン、フランスの8カ国の政府によって開始され、その後、その他の国の政府、国連機関、国際開発銀行、NGO、民間機関なども加わり、日常的なサンゴ礁の監視や地域別の研究会といった活動を行っている。なお、日本は環境省が中心となって参加している。
サンゴとサンゴ礁
サンゴは、サンゴ虫と呼ばれることもあるように、クラゲやイソギンチャクと同じ刺胞動物である。ポリプと呼ばれる「円形の筒に触手が生えた形」で、海底の岩石に固着して生活し、成長につれて、体内に骨格を形成していく。生態や生息域から多くの種類に分かれ、人間が装飾品として利用するのは単体として存在し、水深1000m近くまで生息する種類である。サンゴ礁を形成するものは造礁サンゴと言われ、光合成を行う単細胞動物「褐虫藻(かっちゅうそう)」と共生するために、熱帯から亜熱帯の、水深の浅い透明な水に群体で生息し、海水中の二酸化炭素とカルシウムから合成した炭酸カルシウムを主成分とする骨格を形成するという特徴を持つ。これらの骨格が砕けて、長い年月をかけて堆積し、形成された石灰岩が土台となった地形がサンゴ礁である。
サンゴ礁の内側は、自然の防波堤に囲まれた静かな浅い海で、海洋生物たちに休息や産卵の場所を提供する。外側には急激に深い海が出現し、付近には石灰岩の砂浜もできる。さまざまな生物が住み着く環境を提供するサンゴ礁は、陸上の熱帯雨林のように、多様な生物相を養う場となっている。
サンゴ礁は地球史を語る
地球上に最初のサンゴが出現したのは、およそ4億6000万年前、古生代オルドビス紀の中頃で、シルル紀に大繁栄し、日本最古の化石も北上山地や四国の横倉山から発見されている。石炭紀や二畳紀に堆積した、秩父古生層と呼ばれる地層からも、山口県・秋吉台などの有名な鍾乳洞を造る、サンゴ礁起源の石灰岩が出現している。ただし、その後の研究で、この石灰岩は日本列島周辺で形成されたものではなく、赤道地域で発達したサンゴ礁が、プレートに乗って、中生代ジュラ紀に日本列島に付加したものであることがわかっている。サンゴ礁には、陸地の海岸部に発達した裾礁(きょしょう)、陸地との間に礁湖(ラグーン)が存在する堡礁(ほしょう)、礁と礁湖のみからなる環礁(かんしょう)という3つの形態がある。『種の起源』で有名なチャールズ・ダーウィンは、1832年から5年にわたるビーグル号での世界一周航海に出た際、多くのサンゴ礁を観察し、その考察を『サンゴ礁の構造と分布』という本にまとめ、その中で「これらの形態は火山島の変化とともに発達した」と述べている。すなわち、火山島の火山活動が活発な時期には島の周りに裾礁が発達する。火山活動が停止すると島は沈降を始め、サンゴ礁は沈降を追いかけるように上へと成長し、堡礁を形成する。そして、島が完全に海面に沈んでしまった状態が環礁となる()。
ダーウィンのアイデアには、陸地の浮沈への疑問などから、対立する反論が出されたが、彼が亡くなった70年後の1951~52年、マーシャル諸島のエニウェトク環礁で1411mの掘削が行われた際、石灰岩の下から玄武岩が得られ、正しいことが証明された。その後、プレートテクトニクスの知識が普及すると、大陸移動による陸地の変化を示す重要な事例となっている。
サンゴ自体にも、骨格部に樹木のような成長輪があり、時間を記憶している。「年輪」ではなく、1日ごとの変化を示す「日輪」の場合もあり、地球史の古い時代に1年の日数が現在より長かったことを明らかにした。骨格の主成分である炭酸カルシウムからは、形成時の酸素や炭素の同位体が得られるので、酸素からは過去の水温を、炭素からは年代を決定できる。礁の中には過去の海岸線も保存されている。
サンゴ礁は、水温計と深度計を持った、地球の歴史の語り部とも言えるのだ。
サンゴ礁の危機
われわれがサンゴ礁について持っている第一印象は、オーストラリアのグレート・バリア・リーフや、沖縄周辺の島々のように、貴重な観光資源にもなる、美しい景観だろう()。しかし、これまで見てきたように、この美しさは、そこに多種多様な生物たちが集まり暮らしていること、そのために長い時間が積み重ねられたことに由来している。つまりは「地球と生命による営み」が表現されている、と言えるだろう。近年、地球温暖化に伴う海水温の上昇で体内にいる褐虫藻を維持できなくなり、サンゴそのものにも死をもたらす白化現象や、開発による陸地からの土砂流入といった、環境の悪化によるサンゴ礁の損傷が著しい。世界のサンゴ礁の20%が壊れて回復できそうになく、さらに24%が10~20年後には壊れてしまう危険があるとする報告もある(「Status of Coral Reefs of the World:2004」)。
ICRIの「2008年を国際サンゴ礁年とする決議」も「1997年の最初の国際サンゴ礁年から10年。現在も、サンゴ礁と関連生態系に関して、一層の保全・修復をする必要性がある」と指摘している。人間の活動が地球環境に与える影響は小さくない。サンゴ礁の成り立ちから現状までを知るのは、このことを理解するよい機会であろう。