二酸化炭素を閉じ込めろ
温室効果を持つ二酸化炭素(CO2)を大気中に放出せずに安定的に貯蔵する、CCS(Carbon Dioxide Capture and Storage:CO2回収・貯留)と呼ばれる技術の開発が進んでいる。この方法は、火力発電所や製鉄所といった、大量の化石燃料を使用する施設で排出される排気ガスの中から、二酸化炭素を分離・回収し、長期にわたって、地下や海底に閉じ込めるというもので、地球温暖化対策の切り札になる革新的技術として期待されている。具体的には、CCSは3段階のプロセスからなっている。まずは、大規模な固定発生源からの「二酸化炭素の回収」と「集めた気体の圧縮」、そして、パイプラインなどを使用する「貯蔵地点への輸送」である()。貯蔵方法としては、地下の帯水層や枯渇が進んでいる油田へ注入するなどの地中隔離法、気体状態で海洋中へ溶解させる、あるいは液体状態で海底に貯蔵する海洋隔離法がある。
では、どれくらいの二酸化炭素を貯蔵できるのだろうか。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の特別報告書(2005年版)によると、その潜在量は地中貯留分だけで約2兆トンと推計されており、現在の世界の排出量の約80年分に相当する。そのうち、技術的に可能な貯蔵能力は、2020年の段階で26~49億トン、2050年になると47~375億トンと推定されており、それぞれ、その年における世界の二酸化炭素排出量の9~12%、21~45%となる。
CCSのコストと条件
試算上のCCSの効果は「地球温暖化対策の切り札」として申し分ないように思われる。だが、公共性の高いエネルギーに関する技術は、それを生かす設備や運用効率も考慮しなければならない。鍵となるのが、二酸化炭素の分離・回収技術であり、主として次に示す3つの方法がある。(1)燃焼前回収
ボイラー内で、燃料を空気や酸素と反応させ、一酸化炭素と水素を生成し、さらにシフト炉の中で水素と二酸化炭素の混合ガスを生産する。混合ガスは再び分離されて、水素は複合発電によって電気と熱の生産に利用し、二酸化炭素は回収する。
(2)燃焼後回収
発電所や産業用プラントにおいて、燃焼後の排ガスから二酸化炭素を除去するものである。排ガス中のCO2濃度は、ガス燃焼プラントの場合で3~4%、石炭火力プラントで15%程度である。最近の技術によると、発電所から排出される二酸化炭素の85%以上が回収できるが、そのために多量のエネルギーを必要とし、発電効率は通常40%のものが28~32%にまで低下してしまう。
(3)酸素燃焼技術
効率を改善する新しい技術で、ボイラー内で、燃料を酸素のみと反応させ、排ガスをボイラーに戻すことで、最終的には二酸化炭素と水を生成する方法である。この方法はまだ研究段階にあるもので、排ガス中のCO2濃度が高いために分離・回収が容易であるといった利点がある一方で、酸素を製造するための設備費と運転費が余分にかかるといった欠点がある。
長所と短所を検討していくと、CCSが効果を発揮する条件が見えてくる。たとえば、化石燃料の中でも、石炭は、石油や天然ガスに比べて、燃料中に含まれる炭素量が多い。したがって、石炭火力発電所では排ガス中のCO2濃度が高いために、結果的に1トンあたりの回収コストを削減できる。さらにコスト低減を図るために、石炭をガス化した後、ガスタービンで発電し、排熱を回収して、蒸気タービンを駆動する「石炭ガス化複合発電」に適用していくことも考えられている。
乗り越えるべき課題
火力発電所から二酸化炭素を回収する技術は、既にアメリカなどの油田において、増進石油回収技術として実用化されている。汲み上げた石油の代わりに二酸化炭素を送り込むことで、岩盤に残った石油が絞り出せるのである。現在、CCSとして世界で大規模に運転されているプロジェクトは3つある。ノルウェーのスレイプナー(Sleipner)、カナダとアメリカのウェイバーン(Weyburn)、それにアルジェリアのサラー(Salah)プロジェクトで、それぞれ年間に約百万トンの二酸化炭素を回収するものである。
日本では2003~2005年、新潟県長岡市のガス田で1万トン規模の地中貯留の実証試験が行われた。経済産業省などは今後、より大規模な設備によって試験を重ね、信頼性を確認した上で2010年の実用化を目指すとしている。
しかし、CCSが普及していくためには、コストや生態系への影響、隔離された二酸化炭素の安定性などといった多くの課題も残されている。貯蔵された二酸化炭素は、長期的に見れば、いずれは大気中に漏れてしまうことから、その場の一時しのぎといった批判もある。
特に、CO2を分離・回収し、地中や海底に送り込むために使用するエネルギーをどう考えるか。地球温暖化を防ぐために貴重な化石燃料を無駄に消費しなければならないということは、何とも皮肉なことではある。