ナノテクが実現させた、人工結晶
「フォトニック結晶」とは、10億分の1mのサイズを操作する最先端のナノ加工技術で作製される、人工的な微小周期構造をもつ物質である。電子顕微鏡を使うと、シリコン素材にμm(1000分の1mm)以下のスケールの周期で穴が並ぶ、一見無味乾燥な構造に見えるが、肉眼で見た場合にこそ、真価の一端が垣間見える。材質に用いるシリコンは金属光沢をもつ無色の物質であるが、これに加工を施したフォトニック結晶は鮮やかで様々な色を示す。それは光の反射が大きく変えられて発現する現象である。フォトニック結晶とは、光の振る舞いを自由自在に変えられる新しい物質なのである。光を閉じ込めることが可能なら…
電話のように古典的な情報通信では、当初は電気信号が使われていたが、光の方が高速化に有利なため、主要部分は次々と「光化」されている。ネットワークの伝送部分では光化が進んでいるが、今後はノードと呼ばれる情報処理の分岐点をなす部分なども光化されていくと考えられる。ところが、こうした部分の光化は容易ではない。光は電気に比べて「閉じ込めが難しく」、「相互作用が弱い」という弱点があるのだ。電気は電圧をかけるなどして特定の場所に「閉じ込めること」ができ、電磁気的に互いを引き寄せたり弾き返したりする「強い相互作用」を利用して信号を制御することも可能だが、光にはそのような有効な手段がない。
光を閉じ込めるには、反射させるしか手段がないのが実情だが、金属ミラーでは反射の回数ごとに損失をともなうので、閉じ込めサイズを小さくすると反射回数が多くなり、光が減衰してしまう。同じく光の反射を利用する光ファイバーでは、特定の角度の光しか反射することができず、光を1カ所に閉じ込めるためには使いづらい。
光の弱点を克服する
通常の物質は「電気を通す導体」、「通さない絶縁体」、「通すか通さないかを制御できる半導体」といった性質を示す。それは、物質をかたちづくる結晶がおりなす周期的な構造と、その状況下にある電子の振る舞いに起因している。フォトニック結晶は、光に対して同様の効果をもたらすべく設計されている。自然界には、吸収をともなわずに光を通さない物質は存在しないが、人工的に設計された周期構造であるフォトニック結晶を作ると、光を通さない「光の絶縁体」が実現可能となる。この光の絶縁体で囲めば、光は逃げ場がなくなって閉じ込められ、同時に、光の波が重なって増強されたり打ち消しあったりと、お互いに影響を及ぼしあう相互作用の効率が高まるので、光利用にともなう弱点は克服される。光の情報を「メモリー」する
光を閉じ込めるための「箱」は光共振器と呼ばれ、一般にレーザーなどの光デバイスとしても使われているが、小型で閉じ込めの強い共振器の実現は困難だった。しかし今日、高品質のフォトニック結晶が作製されるようになり、様々な結晶の設計によって、従来では考えられなかった高性能で超小型の光共振器が実現した。筆者らが開発した光共振器では、中央部分の穴をわずかにずらすことによって、その部分に光を強く蓄積、光を1ナノ秒(10億分の1秒)以上、すなわち光が100万回以上振動する時間、光を蓄積することが可能となる。この光共振器を使って光デバイスを作れば、圧倒的な小型化が実現し、チップ上に多数集積することも可能となる。筆者らはこの光共振器における光蓄積効果を利用して、わずかな制御用の光で入力光の透過出力を“1”か“0”かにスイッチする、すなわちビット情報を記憶できる光メモリーを実現した。
フォトニック結晶のさらなる潜在能力
筆者らは、フォトニック結晶の光共振器を使って、光の伝播速度を空気中に比べて5万分の1にまで減速することにも成功した。光の性質を利用して高速で情報処理をしたいというのに、奇妙に思われるかもしれないが、1秒に3億mも進んでしまう光が、常に一定のスピードで媒質の中を通過してしまう点も、光化技術の一つのネックになっている。減速して遅くなった光、すなわちスローライトを発生させ、望んでいる個所で光の伝播を遅くしたり、伝播を凍結したりするような状態にできれば、格段にコントロールしやすくなり、それだけで光メモリーをさらに発展させることが可能だ。光の集積回路の実現を阻んできた、光の閉じ込め、光の伝播速度の制御技術が、フォトニック結晶の登場によって立ち上がりつつある。研究開発はまだ基礎的な段階だが、チップの中で光を自在に制御する技術が確立されれば、情報処理の完全な光化も見えてこよう。