“燃える氷”メタンハイドレートとは
都市ガスとして、家庭用、商業用ガス器具の燃料に使われている天然ガス。この天然ガスの主成分となっているのがメタンである。メタンは、燃焼によって発生する二酸化炭素量が石炭や石油に比べて少ない。近年、温室効果ガスとして問題になっている二酸化炭素の排出量を緩和する方法として、天然ガスへの燃料転換が期待されている。メタンは、通常、気体であるが、水と一緒にして0℃、26気圧の低温高圧にするとメタンハイドレート(Methane Hydrate:以下MH)と呼ばれる氷のような固体に変わる。MHの結晶は、メタン分子が水分子に囲まれた12面体の構造になっている。結晶に火を近づけると、メタンガスが燃えるために“燃える氷”ともいわれている。結晶に含まれているメタン量は多量で、体積の約170倍ものメタンガスが閉じ込められている。
地下に眠る膨大な資源量
MHは低温かつ高圧の環境でないと存在できないことから、その資源はシベリアやカナダの凍土地帯や海底下数百メートルの地層中に存在することが知られている。世界にある資源量はまだはっきりしていないが、埋蔵量(資源量のうち技術的かつ経済的に採掘できる量)は約6兆立方メートルといわれる。地球上に存在する資源量としては北極圏陸域で30兆立方メートル、海底下の地層に3000兆立方メートル近くが存在する可能性があると推定されている。現在の天然ガスの確認埋蔵量が177兆立方メートルであることから、資源の量としては膨大になる。資源量から見ると、陸域よりも海域のほうが圧倒的に多いことから、深海域を領海にもつ日本、インド、中国、韓国、それにアメリカが新しいエネルギー源として期待を抱き、国家レベルの研究開発を行っている。日本近海には西日本の南側にある南海トラフを最大に、北海道周辺、新潟県沖、南西諸島沖に世界有数のMH層があるといわれている。1995年から2000年にかけて、民間石油開発会社の協力により行われた国家プロジェクトで、東部南海トラフ海域の地震探査と採掘調査が実施された。調査からMH分布帯の存在が確認され、実際にMHが含まれた岩石のサンプルが採集された。同じ時期に行われた資源量調査によると、日本の周辺海域には4.65兆立方メートルのMHが存在する可能性があると試算された。
日本におけるMH開発
日本で予備的に行われた調査結果を受けて、01年から経済産業省の「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」プロジェクトが開始された。プロジェクトは16年を最終の目標年度としており、08年まで続いたフェーズ1では、東部南海トラフにおけるMH資源量が調査された。「東海沖~熊野灘」にかけて16カ所で試掘され、実際にMHが存在している場所は、水深が500メートル以深の海底面下数百メートルの地層であることもわかった。フェーズ1の別の大きな成果は、地下のMH層からメタンガスを世界で初めて連続して取り出したことである。実験はカナダ北西準州のマッケンジーデルタ地帯で行われ、地下1000メートル付近の砂岩層にあるMHを分解しメタンガスとして産出した。地下にあるMHをメタンガスとして回収する方法には、①加熱法、②減圧法、③分解促進剤注入法、④ガス圧入法、⑤ピストン打法、があるが、今回の実験では加熱法の一種である温水循環法と減圧法が用いられた。このうち連続産出に成功したのは減圧法である。減圧法は加熱法に比べてエネルギー損失も少なく、今後、産出方法の主力になることが期待される。商用規模での産出や海洋での技術の実証などの課題も残されているが、MHの資源化に道を開く一歩になったといえる。
フェーズ1で得られた技術課題を踏まえて、09年度からフェーズ2を開始する。期間は15年度までの7年間の予定で、MHがエネルギー資源となり得る可能性をより高い信頼性で評価する。さらに、商業規模で安全かつ経済的に開発できるように技術の開発や課題を抽出し、海洋における環境影響評価を行う。それは、将来の商業生産に向けた実証的な研究開発で、産学官に石油・天然ガス資源開発会社が加わった体制を構築し実施される。
課題は採算と安全性
MHは現段階では、まだ“夢のエネルギー資源”である。MHが商業的に生産されるようになるためには、技術面と経済面において数多くの課題が残されている。第一に、商業規模で採掘できるMH層を見つけ出すことである。見つかったとしても、メタンガスを商業的に産出できる技術を確立しなければならない。減圧法は、有望な産出技術の1つとして期待されてはいるが、商用規模となると別の方法との組み合わせも検討していく必要がある。産出時の安全性や環境性についての課題もある。海底の深い場所でメタンガスが漏れると、海面に到達する過程で圧力が低下するために、ガスは膨張して体積が増える。膨張したガスが海面で噴出すると、海上構造物や船舶に大きな被害を及ぼす恐れがある。また、メタンが海水に溶け込み、海洋生物へ影響を及ぼす可能性もある。さらに、二酸化炭素に比べて分子あたりの地球温暖化に与える影響が大きいメタンが採掘時に地上に漏れ出すようになれば、地球温暖化が加速されるといった危惧もある。
次世代エネルギーに高まる期待
一方で、新しいエネルギー資源としてMHへの国際的な関心も高まっている。特に、エネルギー需要の増加が著しい中国やインド、資源に乏しい韓国などにおいて、資源開発に乗り出す動きが出始めている。今後、大陸棚の資源開発も含めて、アジア諸国の間で資源の開発競争が激化する可能性もあり、関係国間で将来の紛争回避に向けた事前調整も必要になる。MH開発には、国産資源という夢がある一方で、乗り越えるべき課題が数多くある。しかし、課題となっている技術にはこれからの油田やガス田での技術開発と共通しているものも多い。MH資源がある場所は、シベリアやカナダの凍土地帯、それに海底下数百メートルの地下など作業条件が厳しいところである。そういった地点の探査・採掘技術は、新しい油田やガス田の採掘場所と同じような条件の所である。世界のエネルギー需要の増大とともに、安価で良質な石油や天然ガスの採取が年々難しくなっている。MH開発によって培われる技術は、これからの油田やガス田の開発にも大きく役立つものであり、資源に乏しい日本が技術立国として発展していくためにも必要となるものである。