先端科学はどのように役立ってきたのか?
小惑星探査機「ハヤブサ」のイトカワへの着地、月周回衛星「かぐや」の月面探査、そして国際宇宙ステーション(ISS)での日本人宇宙飛行士の長期滞在などにより、宇宙活動の技術は確実に進み、自然科学の分野に貢献している。しかしながら宇宙活動が人文社会科学系の分野にもたらすものは、あまりに少ない。人類にとっての自然観や視野は広がり、宇宙という空間に対する理解はたしかに進んだが、具体的な活動に結びつくにはいたっていない。
「宇宙人文学」への試み
2009年3月7日、東京・神田の学士会館において、『「宇宙と人間」―未来を拓く人類の活動領域の拡大』というシンポジウムが開催された。人類の宇宙進出の意義や理念、宇宙のガバナンスのあり方等に関する研究成果の発表などをはじめとするシンポジウムである。今後は宇宙と人文社会科学分野を結ぶ活動が、急速に進むと思われる。そのような「活動領域の拡大」がないまま、いわゆるサイエンスと技術開発を中心とした自然科学系だけでは、宇宙活動はいつか停滞してしまうであろう。
近年、宇宙活動によって獲得された技術やデータを、より具体的な形で人文科学の領域に活用しようという試みがある。その一例として、「ALOSデータを活用した古代史における人の移動に関する調査研究」が挙げられる。
「陸域観測技術衛星」(ALOS 愛称・だいち)は、高い解像度と多方向からの各種の高精度センサー搭載によるデータを提供しているので、これらを効果的に組み合わせることにより、地形の標高も加えた3次元の画像を作り出すことができる。
古代史のなぞを宇宙からの目で探る
「古代史における人の移動に関する調査研究」とは、具体的には600年代から700年代にかけて朝鮮半島から古代日本に渡ってきた渡来人(高句麗人、新羅人、百済人)の足跡を調べようとする試みである。周知のように渡来人の多くは、朝鮮半島から対馬暖流に乗り、山陰や北陸など日本海側の各地方に上陸し、その生活圏を内陸に広げていった。一方、600年代半ばに朝鮮半島で、三国時代の崩壊があってからは、高句麗や百済から日本への亡命者が急増する。彼らの多くは対馬海峡を横断して九州に上陸し、瀬戸内海経由等で朝廷がおかれている畿内地方に入った。これらの亡命者には高句麗や百済で高位にあった者も多く、その後朝廷により関東地方の開拓や建郡を命じられている。
このように日本国内における渡来人の活動は広範囲にわたっており、その遺跡あるいは古墳等も各地で確認されている。しかしながら、その移動ルートについては、必ずしも明確ではない。遺跡や古墳の位置が、ほとんどの場合は2次元の地図上で示されてきたからであろう。
「だいち」のデータをさまざまに加工する
人の移動は、地形によって大きく左右されることはいうまでもない。幅広く深い川や、急峻な山などは避けるであろう。一方で水や食糧の確保のためには、川や海辺、小動物が生息可能な山林に近い方がよい。こうした環境を一般の地図上で確認するのは、容易ではない。やはりグーグルアース(Google Earth)のような衛星画像が適している。しかしグーグルアースは都市部の画像データについては豊富だが、人口密度の低い地方や山間部に関しては必ずしも満足できるものとはいえない。
これに対し宇宙航空研究開発機構(JAXA)のALOSは、日本の全域を細部にいたるまで撮像している。したがってALOSデータによって作る3次元画像上では、細部の確認が容易である。また市販の3DソフトウエアにALOSを取り込むことで、一般のコンピューター上に立体的な観察も可能になる。たとえば山を、高低、あるいは東西南北などさまざまな視点から観測したりすることもできる。
海水準変動で見えた「三内丸山遺跡」のなぞ
考古学や人類学等の研究で問題となるのは、地球温暖期の海水準変動(Sea Level Change)にともなって海岸線が内陸に入り込む海進や、反対に遠ざかってゆく海退を確認することであろう。一例として青森市の三内丸山遺跡では、5500年前から4000年前もの長きにわたって巨大集落が存在したとされる。集落の発生以前、すなわち6000年前は海水準が5mも高くなっていた縄文海進のピークであり、集落は海辺にあった。しかし少しずつ海岸線が引いてゆく海退の現象がはじまる。すなわち海が遠くなってしまったのである。これにより魚介類の食糧確保が困難になり、三内丸山の集落は放棄される。
ALOS画像と標高データとの組み合わせによる3次元画像では、こうした海水準変動による海進・海退もかなり正確に再現することが可能である。こうした手法は、水害用のハザードマップ製作のほか、地球温暖化による海水準変動の視覚化にも役立つことはいうまでもない。
今後はALOSデータだけではなく、各種の衛星画像あるいは他の宇宙技術も、積極的に人文社会科学の分野に応用され、貢献してゆくことが求められるであろう。
陸域観測技術衛星
(Advanced Land Observation Satellite)開発時コード名からALOS(エイロス)とも呼ばれる。JAXAが2006年1月に打ち上げた大型地球観測衛星。地上の2.5mの大きさのものを判別する光学センサーと、10mのものを判別する合成開口レーダーを搭載し、全世界の2万5000分の1立体地図を作製可能な地形データを取得することできる。