オスの特徴とは違う草食系男子
「草食系男子」という種類が、増えているらしい。この種の特徴としては、(1)他個体との競争を嫌う、(2)出世、昇進を求めない、(3)とくにセックスを求めない、(4)自分自身の趣味にこだわりがある、(5)コスメ、エコにも自分のこだわりを求めての興味がある、などと言われている。普通、哺乳類(ほにゅうるい)の「雄」、そして哺乳類である人間の「男性」と言えば、(ア)他個体との競争を好む、(イ)出世、昇進を求める、(ウ)セックスを求める、というのが特徴であるので、草食系男子という存在は、不思議がられる。進化生物学的には、あり得ない存在のようにも思われる。しかし、そう考えるのは、哺乳類の雄、男性であれば、必ずや(ア)(イ)(ウ)があるはずだ、という、決定論的な考えに基づくからだ。実は、そんなことはない。遺伝的なプログラムは、環境条件に応じてスイッチが入るものであり、何がなんでも発現するなどというものはまれだ。そう考えて分析すれば、草食系男子の出現も、さして不思議ではないと筆者は考えている。
少子化はなぜ起こるか
動物が、生まれてから死ぬまでの間に、どのようなことに時間とエネルギーを配分するか、またそれをどのように配分するかということは、進化生物学で、生活史戦略と呼ばれている。からだが小さくて、あっというまに成熟し、1回だけ繁殖してすぐに死ぬか、からだが大きくて、ゆっくりと成長し、何回も繁殖してから死ぬか、など、生活史戦略のあり方はいろいろだ。さて、どんな動物も、現在の自分を維持するためにエネルギーを費やさねばならないのだが、さらに、余剰があったらどうするか? 子どものときはそれを成長にあてる。おとなだと、もう成長はせず、余剰で繁殖が行われる。だから、余剰がないときには繁殖は抑えられるが、ともかくも、現在の自己維持には最優先でエネルギーを使わねばならない。
少子化が問題になって数年になるが、日本だけではなく世界のどこでも、女性が学歴を高め、社会進出するようになると、必ず少子化が起こっている。それはなぜか? 昔のおとなの女性は、自己維持以外の時間とエネルギーを、結婚と子育てに費やすしか選択肢がなかった。ところが、女性の社会的進出が進むと、女性が自分の財産を持ち、独立して自分の好きなことができるようになった。つまり、女性が「自分のために」時間とエネルギーを使って自己実現することができるようになった。
そうなると、今までできなかったことができるようになるのは楽しいので、「現在の自分のために投資する」という部分がとても大きくなる。その分、結婚や子育てには魅力が減り、また、「子育てはとってもたいへん」という負担感が大きければ、そちらに時間とエネルギーを回さなくなるだろう。かくして、少子化が起こるのである。
余剰エネルギーを繁殖に使わない
筆者は、これと同じことが少し遅れて男性にも起こっているのが、「草食系男子」だと考えている。草食系男子は、時間とエネルギーの多くを「自分のために」使っている。現代の女性と同様、余剰を繁殖に使わずに自分に向けているのだ。哺乳類の雄にとって繁殖上一番重要なことは、雄どうしの闘争である。草食系男子は、繁殖に興味が薄いので、競争も昇進も求めない。草食系男子出現メカニズム
しかし、草食系男子の出現のメカニズムには、女性の少子化とは違うメカニズムも働いている。女性の場合は、かつては閉ざされていた自己への投資が可能になったことがもっとも重要な要因だが、男性は、自己への投資を閉ざされていたわけではない。では、現代社会では何が起こっているのかと言えば、極度なパーソナル化であると思う。高度成長期の終わりごろから、誰もが自分の家を持ち、マイカーを持つようになった。次いで、子どもの数が減り、子どもが個室を持つようになり、マイテレビを持つようになった。さらにパソコンと携帯電話の普及、ペットボトルの普及で、自分の好みのものを自分の好みのときに楽しむことが可能になった。
かつてのように、国民みんなのあこがれの車やぜいたく品があるわけではない。そういうみんなに共通のアイドル的なものを求めて競争することもない。映画も、映画館に行かなくてもDVDで個人的に好きなものを好きなときに見ることができる。
このようなパーソナル化が生活のすみずみまでに浸透した結果、男性どうしのけんかは激減したし、同じものを求めて競争する事態も減った。葛藤の経験が少ないので、葛藤そのものを嫌うようになる。闘争心はセックスと連動しており、闘争心が減り、セックスの要求も減ると、やさしい男になる。こうして出現したのが、草食系男子ではないだろうか?
生活史戦略から浮かぶ現代
少子化も草食系も、社会が豊かになり、基本的な生活の満足が保証されたことに端を発する。次いで、おとなになっても、余剰があれば自分自身に対して時間とエネルギーを費やす機会がうんと増えた。すると、相対的に繁殖に費やすものは減る。生活史戦略の議論を使うと、このように考えられるのではないだろうか?