新幹線は意外にも「保守的」
客観的な立場から日本の新幹線と中国の高速鉄道とを比較すると、意外にも中国のほうが高度な先進技術が導入されている。中国の高速鉄道は設計や建設の時期が新しいうえ、日本や欧米のもつ先進技術を惜しみなく採り入れたからだ。実をいうと、新幹線は最先端の技術の導入には非常に保守的である。鉄道に関する新たな技術が開発されたとしても、すぐに新幹線に採り入れられるということはまずない。列車のスピードの遅い在来線でテストを実施した後に在来線で実用化し、ここで良好な実績が得られたら新幹線でテストという段階を踏み、ようやく本採用となるのだ。
例を挙げよう。最新型の新幹線の車両の走行には交流モーターを用いている。交流モーターは小型なうえに高速で回転するため、新幹線にはうってつけの動力装置だ。ところが、交流モーターは速度やトルクの制御が難しく、半導体の技術が進歩した1980年代に入ってようやく実用化のめどが立った。
交流モーターは、在来線や私鉄の車両でまず導入され、次いで新幹線で試験が行われている。車両の心臓部といえる装置であるために慎重を期したのだ。新幹線で実用化されたのは1992年(平成4)3月から東海道新幹線を走り始めた初代「のぞみ」用の300系が最初。在来線や私鉄に導入されてから10年近い歳月をテストに要したことになる。
「最先端の技術=安全」とは考えない
在来線や私鉄では当たり前となった新しい技術も新幹線では見送られるというケースも多い。各車両の両端に装着された連結器にまつわる新技術もその一例だ。新幹線の車両の連結器は金属製の頑丈なもので、ロック機構と切り離し機構とを備えており、東海道新幹線の開業以来、仕様を全く変えていない。在来線や私鉄では、日常的に切り離したりつないだりといった作業を行わない車両の連結器には、複雑な機構を省いた棒状のものが一般的となった。軽くなるうえに製造コストの削減にも結び付いて好都合だからだ。
棒状連結器は、軽量化に腐心する新幹線の車両でこそ有利な技術だが、いまだに導入されず、今後も予定はないという。棒状で簡易な構造の連結器も強度には全く問題はない。それでも、連結器によって車両が離れるという大事故を恐れているため、信頼度の高い従来の連結器を変えようとは考えないのだ。
衝突事故を防ぎ続けるATCの実力
超高速で走る多数の列車の運転を制御するATC(automatic train control device 自動列車制御装置)は、新幹線という交通システム全体の根幹を成す装置である。この装置は列車同士の衝突を防ぐために開発された。運転室の速度計には前方の列車との距離に応じて、今出してよい速度が表示され、もしもその速度を超えれば自動的にブレーキが作動し、列車の速度が制限速度以下になればこちらのブレーキも自動的に緩む。開業以来、ATCが確実に作動し続けてくれたおかげで、新幹線では衝突事故が発生していない。新幹線の場合、ATCに採り入れられた技術も保守的だ。ATCの基本的な仕組みとは、前方のどの地点に列車が存在しているかを検知し、後方の列車に制限速度といった信号を伝達することである。検知や伝達の手段には有線式と無線式とがあり、後者がより新しい技術だ。中国の高速鉄道では無線式の安全システムを導入したが、今回の衝突事故では無線の不具合で前方の列車を検知し損ねたことが原因ではないかという。
これに対し、新幹線のATCは2000年代に入って機器の更新が実施されたものの、相変わらず有線式を用いている。今日、JR東日本の新幹線には無線式のATCが導入されているが、こちらは予備のものであり、有線式のATCが故障した際のバックアップを務める。予備とはいえ、入念なテストを繰り返した後に採り入れたものであるから、メインのシステムとして用いてもまず問題はない。いずれ無線式が主流となる日も来るのだろうが、今はまだ実績を積む段階とみなされているところが新幹線らしい。ちなみに、最新の技術を導入した高度な技術を惜しげもなく予備のシステムとする姿勢と、そもそもATCを2通り備えている点には、驚かれる方も多いだろう。
東日本大震災で見せた、安全思想の成果
新幹線では安全性の向上のため、今挙げた無線式のATCのように、年に一度使用する機会があるかどうかといったシステムもどん欲に整備する。その代表的な例が大地震の初期微動を検知していち早く列車を停止させるテラス(JR東海)、早期地震検知警報システム(JR西日本)、新幹線早期地震検知システム(JR東日本)、対震列車防護システム(JR九州)と呼ばれるシステムだ。最大で震度7の激しい揺れを観測した先の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)では、東北新幹線を走行中の26本の列車がただちに非常ブレーキを作動させ、無事に停車した。これはJR東日本の新幹線早期地震検知システムが威力を発揮したからである。
仕組みとしては気象庁が提供する緊急地震速報に似ているが、特筆すべきは早期地震検知システムのほうが実用化が早く、JR各社による独自開発であるという点だ。しかも、JR各社が設置した地震計は、北は北海道から南は九州までの239カ所に及ぶ。
一見目立たない技術だが、いざ大地震が発生すればこれほどありがたいシステムもない。台湾の高速鉄道は当初、欧米の技術だけで開業を目指していたが、国内で大地震が起きたことを受けて新幹線の技術が見直され、その結果、新幹線の車両が初めて輸出されたほどである。
今挙げた例は、新幹線がもつ膨大な技術のほんの一部だ。信頼度の極めて高い技術と、こうした技術を的確に運用できる人材やシステムとの見事な調和こそが新幹線のもつ真の技術だといえる。新幹線の安全の追求に終わりはない。これからも信頼度の高い技術が導入され、利用客に安全で快適な旅を提供することだろう。