周囲よりセシウム濃度が数十倍に
2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故から1年以上が過ぎた。この事故で大量に放出された放射性物質の中心は、当初はヨウ素であった。しかし半減期8日のヨウ素が姿を消した今、問題となるのは半減期2年のセシウム134と半減期30年のセシウム137である。セシウムという名前は「空の青さ」を意味するラテン語に由来する。放射性セシウムは、青い空から東日本一帯に降り注ぎ、広範な地域に残留しているのだ。
私は事故の後、首都圏や福島県内の各地で、放射能を計測してきた。その結果、現在最も懸念しているのは、「天然濃縮」と呼ばれるセシウムの局所的な濃縮である。
セシウムはアルカリ金属の一種で、環境中ではもっぱら粘土に付着・吸収される。粘土に吸収されたセシウムは、河川でも海でも、容易には水には溶け出さない。一方で、地衣類(菌類と藻類の共生体)やキノコ、コケ類に対して取り込まれやすい。広葉樹の葉っぱや芝生についたセシウムは流出しやすいが、針葉樹のそれについたセシウムは比較的離れにくい。枯れ葉とセシウムにも一定の親和性があり、離れにくいが、粘土ほどではない。セシウムは粘土とともに移動するといえる。
11年5月、東京の江東区内にある公園の芝生中央の空間線量率を計測したところ、毎時0.2マイクロシーベルトであった。通常は0.06ほどであるから、有意に高い。しかし同年10月に再び計測すると、数値は半分程度まで下がっていた。ところが、芝生の中央ではなく、その縁のコンクリートブロックとの境界付近では、空間線量率はさほど下がってはいなかった。雨が降ると水たまりができる場所は、例外なく、線量率が高くなっている。土に付着したセシウムが流れ着き、そこにとどまることで天然の濃縮が生じているのである。
11年6月には、埼玉県三郷市内の小学校の校門脇で毎時1.8マイクロシーベルトという空間線量率を計測した。周辺では0.2だったので、その10倍近い。この場所は校庭から流れてきた粘土が水路に流れ込むポイントであった。堆積物を測ると、キログラム当たり1万ベクレルを超え、周辺の土壌より数十倍高くなっていた。
ダム湖も下水処理施設も
このような局所的な天然濃縮は、東日本のあちこちで生じており、時間経過とともにその濃縮率はさらに上がっていると思われる。身近な例では、たとえば雨どいの汚染である。屋根の汚染レベルが低くても、雨水が集まる雨どいでは放射性セシウムは濃縮されている。地域的レベルでは、江戸川や利根川の水系が心配だ。12年2月、私は群馬、栃木、埼玉県の県境にある渡良瀬貯水池の汚染を調査したが、汚染レベルはさして高くはなかった。しかしこの流域の上流にはセシウムが降り積もっている。雨に流されたセシウムが同貯水池には来ていないとしても、北関東各地にあるダムの湖底に滞留していることが予想される。粘土としてたまっていれば下流への流出は少ないと思われるが、湖底のセシウム総量は膨大なものになっているはずである。放置してよいということにはならない。
人工の環境中でも濃縮は進行する。側溝や下水道などに流れ込んだセシウムは、最終的に下水処理場にたどり着く。下水処理場では、汚水処理の過程で大量の汚泥が発生するが、そのなかには、各地からここまでたどり着いたセシウムが集まっている。汚泥は脱水の後に焼却されるのだが、その灰の汚染レベルはこの過程でさらに高濃度になる。数十年後、下水処理施設が古くなり取り壊される際には、解体された施設の処分が大きな問題になるだろう。もはや施設そのものが汚染されているからだ。ごみ処理施設でも問題は同じである。
福島で進む「濃縮」はより深刻
ここまで私は、北関東から首都圏にかけての地域を念頭に書いてきた。首都圏であれば特にそうだが、雨どいや公園の特定の場所など、濃縮の進行する場所をピンポイントで除染することが有効だ。問題は、汚染レベルが全体として高い福島県の中通り地域である。
この地域では、汚染レベルが首都圏の数十倍もあり、ピンポイントの除染では線量は下がらない。12年2月、私は福島県郡山市のある小学校校庭を調査した。すでに汚染された表土は入れ替えた後のようだったが環境省の除染基準である毎時0.23マイクロシーベルト(年間で1ミリシーベルトとされている)より低い場所を見つけることが難しかった。校庭の外から飛んでくる放射線が空間線量率を上げているのである。結局、周囲数百メートル四方を除染しなければ、校庭の線量率も下がらないのだ。
そして天然濃縮は、ただでさえ汚染レベルが高い福島でも、やはり進行している。
福島県福島市の渡利地区には、国が「特定避難勧奨地点」指定の条件としている年間20ミリシーベルト以上に相当する空間線量率が測定される場所が多く存在する。11年10月、あるお宅の庭先で線量を計測したのだが、毎時30マイクロシーベルトまでしか計れない線量計が振り切れてしまった。だが驚いたのは線量率の高さだけではない。私はその2週間前にもここで計測しているのだが、その際の数値は25マイクロシーベルトだったからである。ここでも濃縮が進んでいるのだ。
渡利地区は、周囲を山で囲まれた地形となっている。このため、背後にある弁天山から雨が降るたびに山林にたまったセシウムが新しく流れ込んでいるのである。用水路の底の土壌を分析すると、キログラム当たり30万ベクレルを超えていた。法令で定められている放射性同位元素の基準の30倍である。地形的条件によって、地域全体で濃縮が進行しているのだ。こうした現象は、おそらく渡利地区だけでなく、福島の各地で進行しているはずだ。南相馬市では、アスファルトの上に繁茂した地衣類の死骸から、キログラム当たり340万ベクレルを超えるセシウムを検出した。生物濃縮である。この地衣類を口から取り入れれば、人は内部被ばくすることになる。こうした福島での天然濃縮への対処は、緊急を要する。
福島原発から大量に放出されたセシウム、とくにセシウム137は30年でようやく半分に減るだけだ。いま生きているすべての世代は、セシウムと一生付き合うことを覚悟しなくてはならないのである。