「国内消費100年分の天然ガスが日本近海に眠る」
2013年3月12日、こんなニュースが日本中を駆け巡った。長く資源小国といわれ続けた日本で新たなエネルギー資源がみつかり、しかも利用できる可能性が高いというのだから、こんなうれしい話はない。しかし同時に、多くの人は「メタンハイドレートっていったい何?」「普通の天然ガスとはどう違うの?」といった疑問をもったはずだ。
そこで、最近、注目を集めている海底資源と、その一つであるメタンハイドレートについて、わかりやすく解説していこう。
鉱物資源探索の目は海へ
一般に、鉱物資源には鉄や銅、レアメタル(レアアースを含む)などの金属資源と、石油や天然ガス、石炭などのエネルギー資源がある。後者はより明確に化石燃料という呼び名もある。いうまでもなく、これらの鉱物資源は長く陸上で採掘してきた。しかし石油はすでに1940年代から海底油田の開発が始まっているし、最近では銅のようなごくありふれた金属ですら、徐々に高品位の鉱石が採れなくなってきたことから、地球上の約7割を占める海へと探索の目が向けられている。もちろん今でも陸上の鉱山のほうが生産コストは安いものの、単価の高い金属、具体的にはニッケル、コバルト、プラチナ、金、レアメタルといったあたりは、入手先を海底にも求める動きがあるのは事実だ。
海底資源の魅力の一つは、海中あるいは海底下だからこそ生成される有望な資源物質が存在することだ。金属資源でいえば海底熱水鉱床、マンガン団塊、コバルト・リッチ・クラストがそれにあたる。
海底熱水鉱床は海底火山などの周囲に多くみられ、海底から吹き出した熱水に溶け込んでいた金属成分が析出したものだ。陸上鉱山のように地中深く掘る必要がなく、有用な金属成分をたくさん含んだ塊をそのまま拾えばいいのだから、発見さえできればこんなおいしい話はない。その「発見」がひと昔前は非常に困難だったものの、最近では海底火山の活動履歴から場所を特定する方法などが研究されており、将来的には低コストによる採掘が可能になるといわれている。
マンガン団塊とコバルト・リッチ・クラストは、海水中に溶けている金属が深度など特定の条件下で析出したもので、前者はジャガイモのような球体として、後者は海底のある深さのところに岩などを覆うように存在する。つい最近も「南鳥島沖に大量のレアアース発見」といったニュースがあったが、これはコバルト・リッチ・クラストの一種である。
日本が海底資源大国になる理由
海底資源は公海でも開発可能だが、事業化したときの権益を確実に得るには「領海+排他的経済水域(EEZ)」の中で見つかるほうが圧倒的に有利だ。そして、国土面積では世界第61位にすぎない日本が、領海+EEZでは世界第6位の大国に浮上するという事実がある。これは、日本が海に囲まれているのに加えて多くの離島を領土にしているからで、国土面積の広い中国(世界第4位)も「自由に利用できる海」の広さでは日本の5分の1ほどにすぎない。しかも、日本のEEZ内の海底には豊富な資源が存在する。火山国であることから海底熱水鉱床は大量にあることが予測されているし、複雑な海底地形をもつことからコバルト・リッチ・クラストの生成にも有利な条件が整っている。残念ながらマンガン団塊はまだ発見されていないものの、世界でも非常に恵まれた「資源の海」といえる。
そして冒頭でも触れた、いま話題のメタンハイドレートも日本近海に多く眠っているといわれる。
メタンハイドレートに含まれるメタンガスの原料は、主に海底に沈下し堆積(たいせき)したプランクトンや藻類などの有機物だ。これらが地中深くに埋没して地熱により変質を遂げると在来型の石油や天然ガスになるのだが、一方で、比較的温度の低い地層にとどまるものも多く、その一部が「温度が0℃で圧力が26気圧以上」とか「10℃で76気圧以上」といった条件になると水と結合してメタンハイドレートが出来上がる。なお、メタンハイドレートのことを、よく「氷に閉じ込められたメタンガス」と表現する人がいるが、正確には包接水和物(ハイドレート)であり、水分子でできた「かご状」構造の中にメタン分子が一つずつ閉じ込められているのである。
このようなメタンハイドレートが日本近海に大量に存在する理由については想像の域を出ない。ただし、ユーラシア大陸から続く広い大陸棚で生まれた生物の遺骸がこの海域には大量に沈下していったはずで、水深200メートルぐらいでは水圧が足りないが、日本列島付近では水深500メートル、1000メートルといった深海域になるところが多いため、容易にメタンハイドレートの安定領域に達する。つまり大陸棚の縁に位置する日本は、メタンハイドレートの生成においても地理的に非常に有利な条件にあるのだ。
事業化にはまだ時間がかかる
日本近海のメタンハイドレートの分布は、音波による地震探査という方法で発見された、BSR(海底疑似反射面)と呼ばれる、海底面とほぼ平行に現れる反射面の見られる海域とおおむね一致することがわかってきた。そして、より正確な探査を行った東部南海トラフ(静岡県から和歌山県の沖合にかけた海域)だけでも、2011年の日本の天然ガス輸入量約11年分のメタンハイドレートの存在が確認されている。そんなことから全国的には「国内消費100年分の天然ガス」といった憶測が生まれるのだが、実際にはまだそこまで正確に資源量が算出されているわけではないので、ぬか喜びは禁物だ。また今回の「生産成功」といったニュースも、2018年まで続く予定のメタンハイドレート開発プロジェクトにおいて半ばの段階にすぎず、一連の試験が終わってから初めて「商業生産が可能か?」といった検討に入るのであって、エネルギー資源としての実用化にはまだ10年以上かかる。
世間の過剰な期待に対し、開発プロジェクトの中核となるメタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム(MH21)でも戸惑いを隠せない。環境チームリーダーの中塚善博氏はこう話している。
「関心をもっていただくのはありがたいのですが、『いつから利用できるのか?』といった気の早い問い合わせが多いのには驚きます。資源開発は長い道を一歩一歩進んでいくものなので、そんなに簡単にはいきません。まずは、確実に産出し続けるための技術的基盤を作ることが大切です」
それでも兆しはかなり明るい。同じくMH21推進グループリーダーの磯部人志氏はこう言う。
「今回、産出試験を行ったメタンハイドレート層は水深約1000メートルの海底面から300メートルほど下にあり、上部は軟らかい地層に覆われています。ここに井戸を掘削し、水をくみ上げることで内部の圧力を下げる“減圧法”という生産手法でメタンハイドレートを分解し、メタンガスを取り出します。井戸の中に砂が流れ込む出砂という現象もありますが、在来型の石油天然ガス開発に用いられる技術により、砂を止め生産することができます」
MH21によると、メタンハイドレートの掘削は在来型石油や天然ガスのように堅い岩盤を貫く必要はないため、1本の坑井の掘削は在来型の石油天然ガスに比べ比較的容易であるという。
世界中でシェールガスや深海油田・ガス田の開発が急ピッチで進む現在、メタンハイドレートがそれらと価格的に対抗し、エネルギー資源として市場を拡大できるかどうかは、まだわからない。ただ商業生産はすぐに行われなくても、日本がEEZ内に豊富なエネルギー資源をもっているという事実は変わらないし、さらに今回のプロジェクトで得た多くの知見は金属など多様な海底資源の開発に役立つはずだ。