3Dプリンターの仕組みと歴史
最近になって話題を集めている3Dプリンターですが、実は技術的にはそんなに新しいものではありません。ハードウエア部分の基本的なシステムは、少なくとも25年前には完成していました。ただ、当時はとても高価で、実働させるために一式そろえると数千万円もかかりました。ですから、大学や大手企業の研究用ぐらいにしか、ニーズがなかったんです。3Dプリンターによる造形システムは、アメリカの3D Systems社(本社・サウスカロライナ州ロックヒル)が1982年に考案したものですが、大雑把に言えば紙に印刷するプリンターと仕組みは同じです。インクの代わりに、材料(素材)となる特殊な液体や粉末を薄く塗布し、それを積層することで立体物を成形します。この技法を積層造形と呼んでいます。
積層造形にはいくつかの方式がありますが、最もわかりやすいのは光造形法といって、液状の光硬化性樹脂に紫外線光を照射し、固めながら積層して行く方式です。アメリカ生まれの技術ですが、照射光にレーザーを使う方式は日本人の発明で、一番精度がいいと言われています。粉末焼結法は、レーザーや電子ビームなどで粉末状の材料を焼き固める方法で、各種積層造形のなかでは最も材料の制約が少ない方法です。
近年、売られている廉価版の3Dプリンターは、高熱で溶ける熱可塑性樹脂という材料を繊維状に塗り重ね、冷やして固める溶融樹脂堆積法が多いようです。他には、石膏(せっこう)粉末などを接着剤と一緒に吹きつけて積層するインクジェット法、樹脂などのカットシートを重ねるシート積層法などもあります。
こうした3Dプリンターには、造形方式に関係なく、デジタルデータが必要です。デジタルデータとは、例えばコンピューターを用いて設計した3D-CAD(3D computer aided design)データなどを言います。このデータをSTLというフォーマットに変換し、3次元造形用のデータに置き換えた後、3Dプリンターに転送して造形します。できあがったデータは、ほとんどの3Dプリンターに共通で、互換性があります。コンピューターグラフィック(CG)や3Dスキャナーのデータも、CADデータに変換した後、同様の手順で使用できます。
最近ではパソコンの性能が上がり、3D-CAD やCGのソフトも充実しました。そこへ中小企業や個人でも手が届く、廉価版の3Dプリンターが登場したのです。使い方によっては、製造コストも見合うようにもなりました。そのような環境の変化があって、今日、3Dプリンターが日の目を見ることになったと思われます。
3Dプリンターは本当に万能か?
3Dプリンターの最もすぐれた点は、複雑形状の造形が容易なことです。「これどういうふうに作るんだろう」と、思われるような形でも3Dプリンターなら作れます。代表的な例が、クラインの壷(つぼ)と呼ばれる形状ですね。3Dプリンターであれば一体成形が可能です。
私の研究室では、人工骨も成形しました。骨折などで欠損した部分をCTスキャンで計測し、それにピッタリはまる形状を骨に適した材料で造形するのです(この場合は、インクジェット方式の3Dプリンターを使用します)。
ただし「いいことずくめ」でもありません。3Dプリンターを活用するには3次元のCADデータが必要で、モノ作りの一番最初の「何を作りますか?」っていうところがないと、ハードウエアを単独で買っても何もできません。
そして、いちばん大きな問題は、使える材料に制約があることです。
私たちの身の回りにある工業製品の材料は、大きく分けると金属、プラスチック、セラミックの三つ。このうち3Dプリンター用として使用できる材料が多いのは、プラスチック材料です。高価格の3Dプリンターを使うとか、他の手法と併用することで金属やセラミック材料も少しは使用できますが、まだまだ使用できる材料はごく限られています。使えない材料のほうが、はるかに多いんです。せめて工業製品に最も多用されている金属にきっちり対応できて、鋳造製品と同じぐらいの性能が出せれば、モノ作りでの利用価値はもっと高まるのですが……。
さらに精度も、金型や切削で作った製品にくらべて今一つです。精度を上げることはできますが、逆に造形に時間がかかってしまう。大量生産が必要な工程には、時間的にもコスト的にも向かない場合が多いのです。
ですから、3Dプリンターさえあれば何でもできるっていうのは、マスコミが作った幻想ですね。要はどこに使うか? 何を作るか? によって万能になったり、無用の長物になったりもするんです。3Dプリンターだけでモノ作りをしようとすると無理があるから、いろいろある製造手段の一つ、道具の一つとして考えることが大切と言えるでしょう。
3Dプリンターの今後の可能性
私が理化学研究所で初めて3Dプリンターを使ったのは、ラピッドプロトタイピングといって、試作品を作る研究でした。今のモノ作りはパソコンの画面上で、完成した製品に力を加えたらどうなるかとか、熱をどう伝達するかとかがシミュレーションできます。昔はそれができなかったので、試作品を作って設計変更を繰り返し、トライ&エラーで良品を作っていました。で、それを形にするためのツールの一つが3Dプリンターでした。これが登場したことで、設計時間がすごく短縮されました。昔は車のフルモデルチェンジは5年かかると言われていたのが、今は、その気になれば10カ月ぐらいでできます。
3Dプリンターのメリットは、先にも述べましたが、材料ではなく形です。セルロース樹脂で木型を作り、そこに漆をかけると漆器になります。ロクロでは作れないような造形も可能だから、今までにないデザインの器が作れます。この利用法は、すでに実用化されているんです。溶かしたチョコレートで、3次元のデコレーションを作っているメーカーもあります。国宝のレプリカを作って博物館に並べ、すべて触れるようにしようというアイデアもありました。
これからの日本のモノ作りに向けて、3Dプリンターの欠点を何で補うか、どこに使うか、今までのいろいろな方法と競合した時に勝てるかどうか、という議論も方々で行われています。といって、精度を上げた3Dプリンターを作ろうとか、大型化しようとかいうのは、ちょっとお粗末な考え方です。