その問題点と背景について、ジャーナリスト・布施祐仁が、京都大学原子炉実験所・小出裕章助教の見解を聞く。
「世界一」どころか「世界最悪」の原子力技術
――福島第一原発であれだけの事故処理が現在も継続中にもかかわらず、日本はなぜ原発輸出に力を入れているのでしょうか?日本の原発建設は、1990年頃からほとんど伸びていません。70年頃から90年頃までは、毎年2基のペースで原発が建設されていました。三菱重工が加圧水型原子炉(PWR)を1基、日立と東芝が沸騰水型原子炉(BWR)を交代で1基造るという歴史をずっとたどってきました。
それが、90年代の末頃から、新規建設がほとんどゼロになってしまいました。三菱にしても、日立や東芝にしても、それまでは原発建設のために生産ラインを作って、そこに技術者や労働者を張り付けて、それで儲けてきたわけです。企業としては、それがなくなってしまうと困るので、その分を何とか海外への輸出で調達しようとしているのだと思います。
――安倍首相は、福島の事故の経験と教訓を生かして、「世界一安全な原発を輸出する」と話していますが…。
福島であのようなひどい事故を起こしたにもかかわらず、「世界一の原子力技術」だなど、漫画のようだとしか言いようがありません。
「事故の経験と教訓を生かして」と言いますが、事故原因を調べたくても放射線量が高くて現場に見に行くことすらできませんし、汚染水にしてももうどうにもならない状況です。世界一どころか、「世界最悪の原子力技術」と言ったほうがよいのではないかと思います。
ただ、安倍首相のように、国際競争に打ち勝って経済的に成長していくことしか頭になければ、当然「今やるしかない」と思うでしょうね。
日本の原発メーカーに独自の技術などない
――一方、現在約400基超が稼働している世界の原発は、今後20年間で倍増の800基にまで増えるという試算もあり、「200兆円ビジネス」として注目されています。国際的な原発市場の状況はどのようになっているのでしょうか?ずっと原発を造ってきた主要なメーカーは、米国のウェスティングハウス社とゼネラルエレクトリック(GE)社、そしてフランスのアレバ社です。日本のメーカーも、加圧水型では三菱がウェスティングハウスに付き、沸騰水型では日立と東芝がGE社に付き、それぞれひたすらに技術を教えてもらいながら、これまで事業を展開してきたわけです。
日本国内では加圧水型と沸騰水型の数はほぼ同じですが、世界の原発市場では加圧水型の需要が圧倒的です。これまで、日立と東芝はGE社に付いて沸騰水型を進めてきたわけですが、これから世界に出て行こうと思ったときに、加圧水型に転向しなければならないと気がついたわけです。そこで東芝が奇策に出て、ウェスティングハウスを2006年に丸ごと買収してしまったのです。一方、ウェスティングハウスを東芝にとられた三菱は、フランスのアレバと組んで世界に打って出ようとしています。また、日立もGE社との合弁会社を2007年に設立しています。
これらが示しているのは、日本のメーカーは単独では原発を輸出できないということです。なぜなら、自分の技術を持っていないからです。だから、自分で作った技術を持っているウェスティングハウスやGE社やアレバと付く以外には、海外に原発を売り込むことができないのです。
一方、米国では1979年のスリーマイル島原発の事故以降、原発の建設がストップしてしまいました。そのため、ウェスティングハウスやGE社は自前の技術は持っているけれど、生産ライン自体はすでに失っています。そういう中で、原子力産業として金儲けをしようと思えば、誰かに自社の技術に基づく原発建設を進めさせることによってパテント料で稼ぐしかありません。それを日本のメーカーにやらせようとしているわけです。
地震地帯に原発を建ててはいけない
――そこで日米原子力産業の思惑が一致しているわけですね。2013年10月末の安倍首相の「トップセールス」で三菱などが受注を決めたトルコへの輸出について、どうお考えですか? ちなみに、トルコは1970年代から原発を造ろうとしていて、90年代末には、三菱がウェスティングハウスと、日立がカナダのメーカーと組んで応札しています。しかし、99年8月にトルコ北西部で大地震が発生して、こんな所に原発を造ったら危ないということになり、いったん計画が凍結されました。それがまたよみがえったわけです。そもそも、地震地帯に原発を造るというのは、やってはいけないことです。
米国には約100基の原発がありますが、ほとんどが東海岸にあります。なぜなら、米国の東海岸は地震がないからです。世界で地震があるのは、「環太平洋地震帯」という太平洋を取り巻いているところと、ヒマラヤから始まって地中海へ抜けるラインだけです。米国では、地震のある西海岸には、原発はほとんどありません。
ヨーロッパでは、イタリアはかなり地震があるけども、イタリアはもう原発をやめてしまいました。ヨーロッパ大陸の大部分は、カンブリア大地といって、古生代という古い地層でできていて安定しているのです。ヨーロッパには原発が150基ありますが、それは地震がないから造れたというだけであって、もともと地震地帯に原発など造ってはいけないのです。
経験を重ねた最新の原発も安全ではない
――三菱のプレスリリースによれば、トルコに造る原子炉は、三菱とアレバが共同で開発した最新鋭の加圧水型原子炉「アトメア1」になるようです。加圧水型原子炉
炉心を冷やす一次系の冷却水を沸騰させずに、熱交換器である蒸気発生器を通して二次系の冷却水に熱を伝えて沸騰させ、その蒸気でタービンを回す軽水炉。二次系の放射能汚染を防げるが、システムは複雑になる。
沸騰水型原子炉
炉心を冷やす一次系の冷却水を原子炉圧力容器内で沸騰させ、その蒸気で直接タービンを回す軽水炉。最も単純なシステムだが、放射性物質で汚染された蒸気でタービンを回すことになるほか、環境への放射性物質の放出も多い。
スリーマイル島原発の事故
1979年3月28日に、アメリカのスリーマイル島原子力発電所2号機(加圧水型)で発生した事故。二次冷却系のポンプの故障によって格納容器内で水素爆発を起こし、炉心の半分が溶融して原子炉圧力容器の底に落ちた。国際原子力事象評価尺度(INES)による評価では、レベル5の過酷事故となる。
ガラス固化
使用済み燃料を再処理して、ウラン、プルトニウムを分離すると、高レベル廃液と呼ばれる液体が残る。この液体を長期保管のためにガラス原料と混合すること。固形化した塊は、ガラス固化体という。
埋め捨て計画
高レベル放射性廃棄物を地底深くに埋めるという案で、この処分法は「地層処分」とも呼ばれる。日本では、2000年5月に「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」が成立し、再処理ののちガラス固化体にして、深さ300~1000メートルの地底へ埋める方法が決定した。
核不拡散条約
国連に加盟する国のうち、常任理事国でもあるアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の核保有5カ国以外の国による核兵器開発・保有を防ぐことを主な目的とした条約。1968年に署名、70年に発効。
国連安保理常任理事国
国連に加盟する国のうち、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国で、いずれも核保有国となる。それ以外にも、残りの10カ国の中から、2年の任期で非常任理事国が選ばれる。
チェルノブイリ原発の事故
1986年4月26日に、旧ソビエト連邦・ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所4号機(黒鉛減速炉)で発生した事故。操作ミスにより核分裂反応の臨界状態が暴走して大爆発を起こした。国際原子力事象評価尺度(INES)による評価では、最悪のレベル7となる深刻な過酷事故となる。