さらに、南北に広いこの国ではさまざまな気候形態が存在し、逆に8月に雨季を迎える地域さえあります。残念ながら、オリンピック開催期間中のジカウイルス感染リスクは「ほかの季節と比べたら低い程度」と認識しておく必要があるでしょう。
急がれるワクチンの開発
有効なワクチンの開発は、数あるジカウイルス対策の中でも最も優先順位が高い課題です。世界中の研究者が開発を進める中、ハーバード大学のチームらは6月末、ジカウイルスがマウスに感染するのを防ぐ有効なワクチンの開発に成功したと、『Nature』誌に発表しました。ワクチン開発には数年を要すると見込まれていた中、朗報です。今後は人への効力と安全性、そしてウイルス株間における普遍的な有効性などの確認が急務と考えられます。有効なワクチンを開発するうえで一つの鍵となるのが、「ウイルスの変異の生じにくさ」です。対象とするウイルスが変異しやすいと、ワクチンのターゲットの形状が変わり、獲得した抗体では対抗できなくなってしまうからです。
なぜウイルスは変異しやすいのか?
ウイルスの変異には大きく分けて三つの要因が考えられます。一つは複製に関与する酵素の正確性です。もとの遺伝子から正確にコピーを作り出すことができず、間違った塩基(DNAもしくはRNA)を導入してしまうことで変異が生じやすくなります。二つ目にエラーの修復機構です。複製過程でエラーが出ても、DNAウイルスのように二本鎖であれば相補鎖が作られる過程で修復機構が働きますが、ジカウイルスやデングウイルスのような蚊媒介性ウイルスの多くは一本鎖のRNAウイルスであり、修復機構が働きにくいとされています。
三つ目に複製サイクルの速さです。RNAウイルスは宿主で活発に増殖するため、サイクルが早く、それだけ変異が生じる確率が高くなってしまいます。これまでにワクチンによって大きな成功が収められてきた病気の代表格は天然痘ですが、これはDNAウイルスであり、変異が生じにくかったことが撲滅につながった大きな要因と言われています。逆に、変異速度がとても速いヒト免疫不全ウイルス(HIV)では、依然として有効なワクチンの開発に成功していません。
ブラジルでの蚊を減らす試み
デング熱や黄熱に長年苦しめられてきたブラジルでは、長年、蚊取り線香と同じグループのピレスロイド系の殺虫剤が使われ、その結果、抵抗性の蚊が選抜され、殺虫剤が効きにくい状況になっています。筆者たちも3月にブラジルで採集されたネッタイシマカを調べてみたところ、抵抗性遺伝子が高い頻度で検出されました。ブラジルでは、数年前から遺伝子操作によって作出した特別なオスの蚊を野外に放ち、そのオスと交尾したメスの子孫が羽化する前に死に絶えるような仕組みを作って、蚊を減らす試みが行われています。別の研究グループは、蚊のウイルス耐性を高めるボルバキアという共生細菌を使い、野外の蚊をデングウイルスが媒介できない性質にする試みをしていますが、いずれも劇的に効果を上げたという報告はありません。
また、このような対策法は、島のように他から新たな蚊の侵入がない隔離された場所でないと効果が見込まれにくいという指摘もあります。
個人的にどう防御するか
蚊媒介性ウイルス感染の可能性がある場所へ出かける場合は、なるべく長袖長ズボンを着用し、虫よけ剤(忌避剤)を使って蚊に刺されない工夫をすべきです。日本では蚊やアブ、マダニなどに対する忌避剤として、ディートとイカリジンといった二つの有効成分からなる製品が販売されています。日本におけるディートの最高濃度は12%、イカリジンでは5%ですが、発汗によって忌避効果が弱まることから、頻繁に使用しなければ効果が持続しません。そこで、厚生労働省は今年6月、より高濃度の有効成分を含む製品について、申請があれば審査期間を短縮することを発表しました。日本でも近々、高濃度の忌避剤が使用可能になり、個人がより効率的に蚊などの吸血性節足動物から身を守りやすくなることが期待されます。
ジカ熱の国内感染を防げ
2年前のデング熱の国内流行のときは、たった1人の感染者をスタートにして160人以上の患者を出すに至りました。同様の感染拡大はジカ熱についても起こりうることです。しかし、多くの場合、無症状もしくは軽い症状で終わるこの病気の特性上、最初に国内感染が確認される頃にはすでに広範囲にウイルスが拡散してしまっている状況かもしれません。もしくは、小頭症の赤ちゃんが生まれて、そこで初めてウイルス侵入の事実が明るみになる可能性もあります。まずは、ウイルスを海外から持ち込まないために、流行国から帰国した際にはしばらくの間、蚊に刺されるような場所を避けるほか、虫よけ剤を使うよう心がけてください。万が一国内感染が起こったとしても、リスクを回避すべき人たちは感染経路を正しく理解し、適切に感染から逃れる手段を講じることが大切です。それはまた、ジカ熱のみならず、デング熱やチクングニア熱といった他の蚊媒介性感染症への対策にも通じることです。