初号機のリフトオフで、HTV実証実験に成功
私たちの社会には、日本の宇宙技術は世界的にトップクラスだという見方と、いやまだまだという意見の二つがある。では、実際のところはどうなのか。2009年9月11日に打ち上げられたH-2Bロケット1号機(初号機)は、”試験機”だった。第1段にエンジンを2基搭載という、日本では過去に経験のない方式である。また外観からもわかるように、第1段ロケットは大型化した。
いっぽうH-2Bによって打ち上げられたのは、HTV(H-2 Transfer Vehicle 宇宙ステーション補給機)である。水や食糧、実験機器や生活必需品を、国際宇宙ステーション(ISS)に運び上げるという重要な役目を担う輸送機だが、まだ実用としての運用経験がない”技術実証機”だった。
ようするにH-2BもHTVも初モノで、そんなことをして大丈夫なのか、という声もなかったわけではない。しかし結果は、ご存じのように大成功である。ロケットはスケジュールどおりに打ち上げられ、その後HTVもISSにドッキング。10月31日には分離して、大気圏再突入に向かい、11月2日にはほとんどが燃焼した。
きわめて乏しいISSへの輸送手段
日本のメディアはほとんど報じていないが、NASA(アメリカ航空宇宙局)はこの結果に大喜びである。なぜならば、ISSへの物資の輸送において、アメリカもHTVに依存することになるからである。ISSには、二つのタイプのドッキング・ポート(接合口)がある(厳密にいうと3種類)。
ロシアのソユーズ・タイプと、アメリカのスペースシャトル・タイプである。ロシア側には、大・小の2種類あるが、いずれもシャトル・タイプよりはかなり小さい。日本のHTVは、シャトルと同じサイズの大きなドッキング・ポートを備えている。
また現在のところ、宇宙ステーションへ物資補給ができるのは、スペースシャトル、ロシアのプログレス、ESA(欧州宇宙機構)のATV(Automated Transfer Vehicle)、そして日本のHTVである。
ESAのATVは、ロシア側の大きいほうのドッキング・ポートに合わせたサイズである。したがってシャトルのポートよりは小さい。そしてシャトルは、2010年に運用が終了する。こうなると、実験機器など大型の荷物をISSに搬入できるのはHTVだけ、ということになる。つまりISS参加各国とも、日本に依存する立場である。
だからシャトルの運用終了を予定しているアメリカが、HTVの成功をわがことのように喜ぶのは当然だった。
有人輸送機の開発で、初めて世界から信用される
そのHTVも、いまやISSの一部となっているきぼうの技術を元にしているので、完全な”初モノ”というわけではない。日本には、すでに技術が蓄積されていたのだ。またH-2Bの第1段に装備された2基のロケット・エンジン「LE-7A」も、これまでなんども打ち上げに使われてきた。
日本のメディアは、打ち上げ失敗があると十把一絡げにロケット全体の技術に問題があるかのように報じるが、それは間違いである。「LE-7」シリーズのエンジンは、H-2Aロケットの前身であるH-2時代にわずか1回しか不具合を生じてはいない。その後改良されて「LE-7A」となってからは、つねに安定している。
したがってH-2Bの1号機も、”試験機”ではあるが、完全な初モノではない。ようするに日本の宇宙技術は、世界から信頼されるレベルに、充分に達しているのである。
ではなぜ、日本の宇宙技術は”まだまだ”という意見が根強くあるのか。これはもう、いうまでもないだろう。独自の有人宇宙輸送機を開発していないからである。
現在のところ、独自の有人宇宙輸送手段を手にしているのは、ロシア、アメリカ、中国の3カ国だけである。ついでインドも有人宇宙輸送機の開発をめざしている。こうした中で、日本だけが有人をめざしてこなかったのは、政府による制約があったからだ。
有人宇宙輸送技術の確立は安全技術の蓄積
人を宇宙へ送ることは、再び地球に還すこと、つまり地上での”回収”である。その回収は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の技術と共通している。政府は、他国から日本がICBM開発をしていると疑われないよう、国内で回収の研究をすることをかなり厳しく抑制してきたのである。本来ならば政府が自ら、ICBMの開発ではないと諸外国に説明すべきところを、怠っていたのだ。そのために、軌道上の宇宙実験室で生まれた物質などを地上に戻す技術も阻害されていた。
HTVは、現段階では回収には適さないが、今後の改造により有人宇宙輸送機となりうる。またロケットについても、打ち上げ失敗時に備えた、緊急脱出用の小型ロケットの技術研究も進めてゆく必要がある。
とかくメディアには、「宇宙ビジネス参入にはずみ」という見出しが多い。しかし現実には、衛星ビジネスで大きな利益をあげている国などない。どこも政府のサポートを受けているのが現実である。
にもかかわらず各国が宇宙開発に乗り出すのは、航空機産業と同様、安全保障につながる領域であり、継続することに意味があるからだ。たとえ軍事力ではなく、民間航空機や商用衛星の開発であっても、技術を自国に蓄積してゆくことによる、「静かな抑止力」である。
これまで日本の政治家は、兵器による「にぎやかな抑止力」という発想しかなかった。だから宇宙開発などは「青少年の夢」としてみなされ、宇宙産業も育てなかった。新政権のもとでは、宇宙予算はまだ伸びそうもないが、少なくとも理解は得られるようである。