会話型パーティーゲーム「人狼」とは?
ここ数年、コンピューター将棋やコンピューター囲碁といった人工知能が、人間のトッププロを超えつつあることが明らかになりました。これら一連の人工知能の勝利の背景には、コンピューターそのものの劇的な性能向上に加え、インターネットの普及とそれに伴うビッグデータの蓄積、さらにそれを有効に処理するためのディープラーニング(深層学習)など情報処理技術の発展がありました。このような状況で、チェスや将棋、囲碁の次に取り組むべき人工知能研究のテーマとして私が選んだのが、人気の会話型パーティーゲーム「汝(なんじ)は人狼(じんろう)なりや?」(以下、「人狼ゲーム」)です。2013年に人狼ゲームをプレーできる人工知能の開発を目的とした「人狼知能プロジェクト」を立ち上げ、16年には人工知能学会などの後援も受けています。
まず、そもそも「人狼ゲーム」とはどのようなゲームなのかについて簡単に説明しておきましょう。人狼ゲームは古くからヨーロッパやロシアで遊ばれていたゲームをもとに作られた、複数人で遊ぶ会話型のゲームです。日本でも、芸能人がプレーする「人狼~嘘つきは誰だ?~」(13~14年、フジテレビ系)というテレビ番組などがありましたから、若い人たちの間ではけっこう知られていると思います。
プレーヤーは、善良な「村人」陣営と、人間に化けて村人を襲う「人狼」陣営に分かれます。たとえば10人でプレーする場合、村人陣営8人、人狼陣営2人といった割合です。村人は人狼を追い出すことで、一方、人狼は村人を襲うことで互いの数を減らし、勝利を目指します。
村人となったプレーヤーは、どのプレーヤーが人狼なのかわかりません。そのため、人狼らしきプレーヤーを、発言や行動をもとに推理し、周囲を説得し、排除していきます。それに対し、人狼となったプレーヤーは、自分は善良な村人であるかのごとく振る舞いながら、村人であるプレーヤーを襲撃していきます。
具体的には、「昼のフェーズ」と「夜のフェーズ」を繰り返しながらゲームは進行していきます。昼のフェーズでは、人狼も含めたプレーヤー全員で議論をし、村から追放するプレーヤーを多数決で1人決めます。一方、夜のフェーズでは、人狼同士が示し合わせて襲撃するプレーヤーを1人決めます。この昼と夜のフェーズを交互に行い、人狼がすべて追放されたら村人陣営の勝利、村人が人狼と同数以下になったら人狼陣営の勝利となります。
また、何人かの村人には、誰が人狼かを見抜くことができる「占い師」、追放された人物が人狼だったかどうかを判定できる「霊媒師」、人狼の襲撃から村人を守ることができる「狩人」、村人陣営なのに人狼の味方をする「裏切り者」といった役柄が設定されており、ゲームに深みと面白さを与えています。
このように、人狼ゲームの醍醐味は村人として人狼のウソを見破り排除すること、あるいは、人狼として村人をだまし切って勝利することにあります。しかしながら、パーティーゲームですので、勝利することが一番の目的ではありません。いかにしてプレーヤー同士がゲームを楽しめるよう振る舞うか、といった点も重要な要素となっています。
チェスや将棋と「人狼ゲーム」の根本的な違い
この人狼ゲームを人工知能がプレーできるようにしよう、というのが「人狼知能プロジェクト」です。同じゲームでも、チェスや将棋と人狼ゲームとの間には、根本的な違いがあります。それは、チェスや将棋がお互いの手を完全に把握した状態でゲームが進行する「完全情報ゲーム」である(盤面や持ち駒はすべて公開されていますね)のに対し、人狼ゲームは、誰が人狼かわからないし、各プレーヤーの発言が正しいかどうかもわからない、つまり情報の一部が不正確だったり、偏っていたりする状態で進行する「不完全情報ゲーム」だということです。ポーカーや麻雀、トランプのババ抜きなども不完全情報ゲームです。
さらに、人狼ゲームは、プレーヤー同士の“コミュニケーション”が重要な要素を占めることも、チェスや将棋と大きく異なる点です。チェスや将棋はゲームの進行状況をすべて記号で表すことができる、つまりプログラムとしてコンピューターに落とし込みやすいのですが、コミュニケーションを記号化するのは非常に困難です。しかも人狼ゲームの場合、ゲームに勝利するためには、「相手をだます」「相手のウソを見抜く」「相手を説得する」といった能力が求められます。
加えて、通常、我々人間は、単に言葉や文脈だけでなく、相手の表情や声色、目線などから総合的に相手の感情や本心を読み取っています。これを「非言語コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション)」と言いますが、人間同士で「人狼ゲーム」をプレーする上では必須の能力になります。
つまり、人狼ゲームは、(1)情報が不完全で、(2)記号化が難しく、しかも、(3)正しい情報がインプット/アウトプットされるとは限らない、(4)非言語コミュニケーション能力も求められるゲームである、という点が大きな特徴です。
これまでの人工知能研究では、ウソの情報がインプットされたり、ウソの情報をアウトプットしたりするということは、ほとんど想定されていませんでした。しかし、近い将来、コミュニケーションロボットなどに人工知能が搭載され、生活の中に入り込むことを考えれば、上手にウソをついたり、相手のウソを見破ったり、相手を説得するという能力は非常に重要になってきます。それができなければ、人とうまくコミュニケーションをとることはできないからです。
幅広い分野の研究者が参加する「グランドチャレンジ」
私が人狼ゲームと出合ったのは、2011年頃のことでした。当時、名古屋大学大学院に助教として在籍していたときに、研究室の学生が人狼ゲームを買ってきて、研究室で遊び始めたのがきっかけです。そこで、この人狼ゲームを研究テーマにすれば、毎日人狼ゲームをしていても怒られないのではないかと考えた、というのは半分冗談、半分本気です(笑)。その学生とは、現在、人狼知能プロジェクトのメンバーでもある、広島市立大学の稲葉通将(みちまさ)助教です。そして、2013年頃に、本格的に人狼ゲームを行える人工知能を開発しようと、Twitterを通して広く参加メンバーを募り、集まったメンバーで発足したのが、人狼知能プロジェクトです。人狼ゲームを人工知能の研究テーマに設定したことはなかなか良いアイデアだったと、改めて感じています。人工知能だけでなく、幅広い分野の研究者が集まってくれたからです。
たとえば、ヒューマン・エージェント・インタラクション(HAI)と呼ばれる分野もその一つです。HAIとは、人間とロボットなど機械とのインタラクション(相互作用)を研究する分野です。人狼知能プロジェクトでは、第一段階は、パソコン上での人工知能同士の専門の言語(プロトコル)を使った対戦、第二段階は、同じパソコン上でも人間と人工知能との自然言語を使った対戦を想定しています。しかし、最終段階では、実物のロボットに人工知能を搭載し、人間と一緒にテーブルを囲んで、ロボットが対戦相手である人間の表情や声色を識別、判別しながら対戦できるようにしたいと考えています。そのためには、画像認識、音声認識、音声合成といった技術が不可欠であり、HAIではこれらも研究対象として扱っています。
また、人間はウソをつけば、何かしら感情が表に出ますが、ロボットの場合、そういった心配がいりません。つまりロボットにウソをつかせることは、ある意味簡単なことなのです。もちろん、そのウソに説得力があるかどうかは別問題ですし、人間が人狼ゲームを楽しめるようにプレーすることが目的だとすれば、単にウソをつけるだけでは意味がありません。