アンドロイド観音「マインダー」とは何か
少年とも女性とも見える柔和な顔に、機械部分がむき出しの脳、腕と胴体。腰から下は素っ気なくも思える鋼の板。脚をデフォルメした直線的なラインは、それが「ロボット」であることを強調しているかのようだ。アンドロイド観音「マインダー」は、京都東山にある高台寺が2019年春に完成させ、開眼法要も行った新しい観音菩薩像である。プロジェクション・マッピングによる映像とともに、マインダーは法話を行う。その声は女性のようにも聞こえる合成音声だ。マインダーの言葉は仏典『般若心経』をわかりやすく伝えることを目的としている。
シリコンで覆われている部分は、顔と首回り、手だけ。マインダーはまばたきもするし、微細な動きで笑顔に見える表情をときどきつくる。四方の壁いっぱいに映し出される映像では、その法話に耳を傾け質問を行う人々が映し出されている。マインダーは映像のなかの発言者と目を合わせる動きをし、対話をする。現実の参拝者はそのただなかに座り、アンドロイド観音と映像と音声が織りなす説法ワールドに約20分間浸るという仕組みだ。
アンドロイドが仏の心を説いてよいのか
アンドロイド(人間に似たロボット)で仏像を造るという試みは斬新で、世界から注目された。複数の欧米メディアが取材に訪れているという。その際の反応には、「なんでこんなことを! 人間が作るアンドロイドが、神仏になってよいものか」といった、当惑するような意見もあったという。
アンドロイドが仏の心を説いてはいけないのだろうか? 高台寺の試みが一部の人々の神経を逆なでする理由はなんだろう。アンドロイド観音「マインダー」の発案者であり、製作チームを牽引した高台寺の前執事長、後藤典生和尚はこう話す。
「どうやら西洋の方々はロボットというと、脅威の対象のようですね。いずれ進化したAIが人類を侵略するとか、そういったイメージが強いようです。私のイメージとは全く違いますね。『鉄人28号』や『鉄腕アトム』、そういったマンガやアニメに親しんできた私としては、ロボットはむしろ人間の友達」
ロボットが人類を滅ぼすわけがない、と後藤和尚は豪快に笑う。
「批判的なのは欧米のメディアだけじゃないですよ。“あんた、自分がラクしようと思ってロボットを作ったんやろ”、なんて言われたりもしましたよ。違いますよ」
なぜ観音がアンドロイドになったのか
後藤和尚に「アンドロイド観音」のアイディアが閃いたのには、仏教が歩んできた歴史と関係がある。
「はじめ、仏教は仏典だけ、つまり文字だけで伝えられるものでした。しかしそのうち、仏画が描かれるようになり、続いてレリーフが作られた。その後、仏像が造られるようになった。だんだん進化をしてきたわけです。仏像ができたときは、それこそ画期的だった。仏教が身近になり、爆発的に広まったのですから」と後藤和尚。
仏像の進化の先にアンドロイド観音があるのは必然、と和尚は考えている。この考えに賛同したのが、大阪大学大学院基礎工学研究科の研究者、小川浩平さんだ。
「後藤和尚の仏教の進化のお話が、我々の研究の方向性と合致したんです。文字だけだったものが、まず絵になった。すると人々がわっと集まって人気になった。そこから何百年後かに、レリーフになった。当時のクリエイティブな人間が、“これ、立体にしたらもっと人が集まるのでは?”と考えたんでしょうね。そしてまた時間がたって、またも創造的な誰かが“これ、3Dにしたらもっといいんじゃないか?”と思いついて、仏像にした。すると大流行して今に至っている。じゃ、現代ではどうなるんだというと、それはもうロボットでしょう。仏像の次はしゃべって動くしかない。後藤和尚によれば、観音様はフレキシブルな存在らしくて、人それぞれに合った最適な姿で現れるそうですよ」
マインダーによる法話も、「観音菩薩である私は、時空を超えてなんにでも変身することができる。ご覧の通り、人々の関心を集めるアンドロイドの姿であなたたちと向き合うことにした」という自己紹介から始まる。これは重要なポイントだ。マインダーとは「アンドロイドが観音になっている」のではなく、「観音がアンドロイドになっている」のだ。
後藤和尚は眉をひそめて困ったというように、こう話した。
「“観音様なら袈裟(けさ)を着ていないとおかしい”などとおっしゃる方もいますけどね。そうするとアンドロイドで従来どおりの観音様の身代わりをつくることになるでしょう。そうじゃないんです」
観音菩薩が現代人に合わせてあえてロボット然とした姿に変身したのが、マインダー。後藤和尚は「何十年来懸念し続けた、人々の宗教離れを食い止めるひとつの方法として」マインダーの製作に踏み切ったという。
開発担当者が語る、機械むき出しの姿から生まれる想像力
小川さんは、「全身をシリコンで覆うのではなく、あえて機械であることを強調した造形にしている。そのほうが人に想像の余地を残せるから。