米国在住の研究仲間や友人たちの話では、mRNAワクチンを接種したあと、注射の箇所が腫れる、倦怠感に襲われるなどの副反応もあるようです。実際に接種日が決まったら、念のため翌日はゆっくり休める態勢を整えておくことをお勧めします。
国内ワクチンの開発状況~東大医科研 河岡ラボのワクチン開発~
東大医科学研究所(東大医科研)内にある私たちのラボでも新型コロナウイルスに対する数種類のワクチン開発を行っていますので、現時点(2021年2月現在)の進展状況をお伝えします。
私たちが開発しているワクチンの種類は、不活化ワクチン、サブユニットワクチン、mRNAワクチン、生ワクチンです。
感染性を失わせたウイルスを利用する不活化ワクチンは、KMバイオロジクス社と一緒に開発を進めています。私たちのラボではすでにインフルエンザとエボラの不活化ワクチンを開発していますので、不活化ワクチンには副反応が少なく、安全性が高いことは確認済みです。製造工場も既存の施設が使えます。
不活化ワクチンの開発では、生きたウイルスを大量に増やし、薬で不活化させたものを動物に打ち、抗体ができたことを確認しました。新型コロナウイルスに感染しても、ワクチンを接種した動物ではウイルスがほとんど増えません。現在、メーカーと共同研究をしており、近々臨床試験を開始する予定です。
mRNAワクチンは東大医科研の石井健教授、第一三共社とともに進めています。このワクチンはmRNAワクチンを包む脂質の膜がポイントと先ほど述べましたが、第一三共が条件のよい膜を見つけました。
サブユニットワクチンは、哺乳動物の細胞を利用して新型コロナウイルスのSタンパク質をつくる研究を、日本の企業と共同で行っているところです。
生ワクチンは、培養細胞で増殖を続けることによって、ウイルスの病原性をなくすという従来から行われている方法を用いて開発しています。生ワクチンの場合、完全に弱毒化できているか、二度と強い毒性が戻らないか、厳密な検証が必要です。しかし完成すれば、毒性を弱めたとはいえ生きたウイルスを体内に入れるため、自然感染に近い免疫応答がおき、高い免疫力が期待できます。
国内では私たちのラボのほか、多くの研究機関やワクチンメーカーが開発を進めています。いくつかのワクチンは臨床試験が始まる段階まで進んでいますが、承認を得て実際に供給されるまでには1年半ぐらいの期間が必要です。臨床試験は「フェイズ1」から「フェイズ3」まで、被験者の人数を増やしながら3段階に分けて慎重に行わなければなりません。そのため時間はかかりますが、私たち日本の研究者も必死で取り組んでいます。
「国防」としてのワクチン開発の重要性
「日本のワクチン開発はなぜ遅れているのか?」
最後は、メディアでよく取りあげられるこの問いにお答えします。日本では安全性を重視し、ワクチン開発も慎重に進めています。
ただ、それよりももっと大きな原因は、ワクチン開発に欠かせないウイルスや遺伝子などの基礎研究に、これまで十分な投資がなされていなかったことです。従って最新の設備や優秀な人材の確保も充分ではなく、基礎研究に力を入れてきた国から遅れてしまいました。
たとえば中国は2005年に高病原性鳥インフルエンザが大勢の人に感染したことが契機となって、基礎科学研究に多大な予算を投じるようになりました。その額は同じ分野でトップを走る米国に劣らないと言われます。結果、新型コロナの流行が起きて1年足らずで、国産の不活化ワクチンを2種類完成させる成果をあげたのです。
新型コロナウイルスのパンデミックで、日本でもにわかにワクチン開発の予算が組まれました。しかし、たとえ莫大な資金が提供されても、基礎研究の遅れは簡単にとり戻せません。世界中で新型コロナウイルスのためのワクチン開発が一斉にスタートした時点で、日本は米国や中国から周回遅れになっていたのです。
ウイルスによるパンデミックは、新型コロナウイルスが決して最後ではありません。地球上には、我々人類にとって脅威となり得るウイルスが数多く存在しています。今回のパンデミックで明らかになったように、自国製ワクチンの開発は国防にも外交にもつながるのです。
次のパンデミックに備えるためには、長期的なワクチン戦略を立て、国内でタイプの違う数種のワクチンをいち早く開発、生産できる体制づくりが急務だと考えています。
河岡義裕教授編、『ネオウイルス学』(集英社新書、定価:本体940円+税)
新型コロナパンデミックで注目されるウイルス学の新領域を研究者20名が解説。ウイルスと生命、共生と進化の未来を探る!