今や猫は飼い主にとって家族の一員であり、その大切な家族が健康で長生きしてほしいと願うのは当然のこと。猫の平均寿命は15歳まで延び、最近は20歳を超えることもめずらしくはない。しかし、一方で、ある程度の年齢になると腎臓病にかかって苦しむ猫も多い。根治は望めず、死亡率も高いため、飼い主たちは「うちのコもいつか発症するかもしれない」と不安を抱えながら愛猫との日々を過ごしている。
そんな飼い主の元に、猫の腎臓病のメカニズムを解明し、治療薬を開発中だという希望の光のような朗報が届いた。そして、その開発を支援するために1億円を超える寄付金が集まり、さらに大きな注目を浴びることとなった。
広がり続ける善意の輪の中で、猫の腎臓病治療薬の研究・開発に奔走する、東京大学大学院医学系研究科の宮崎徹教授に話をうかがった。
東大基金史上前代未聞! SNSで広がった寄付の輪
「宮崎先生、大変なことになっていますよ!」
2021年7月12日の朝、私がいつものように研究室に行くと、東京大学基金の事務局から、慌てふためいた様子で連絡が入りました。東京大学基金とは東京大学内の学術研究プロジェクトなどへの寄付を受け付ける窓口ですが、そこに「宮崎先生の猫の腎臓病治療薬の研究を支援したい」という問い合わせがたった1日で3000件以上寄せられ、ウェブサイトにつながりにくい状態になっているというのです。
そう言われても、私自身は寄付を募集していなかったので、身に覚えのないこの事態にただただ驚き、戸惑っていました。けれども、この寄付の発端が、前日に配信された私のインタビュー記事にあったことが徐々にわかってきました。その中で私は、猫の腎臓病の治療薬の開発を行っていること、それがコロナ禍で資金難に陥り中断していることをお話ししました。これを読んだ全国の猫の飼い主さんたちの間で「支援したい」「東大の研究者には東大基金を通じて寄付できるらしい」という情報がSNSで拡散され、自主的に寄付してくださっていたのです。わずか数日後には約1万件、総額1億円を超える寄付が集まっていました。東京大学基金全体に集まる寄付件数が年間だいたい1万数千件ということですから、前代未聞の事態です。皆さんの寄付の輪は今も広がっており、10月現在で2億2000万円近くにもなっています。
寄付とともに「我が家も腎臓病で猫を亡くしたので他人事ではありません」「うちの猫は今、まさに腎臓病と闘っています」「すべての猫たちと猫を愛する人にとって夢の薬です」「一日も早く腎臓病で苦しむ猫がいなくなりますように」などたくさんのメッセージが寄せられていました。
研究者は学会や論文などで評価を得ることがあっても、こんなふうに一般の方の思いを直接受け取ることはほとんどありません。感謝の気持ちと同時に、猫の腎臓病が飼い主の皆さんにとって切実な問題で、治療薬への期待度がとても高いことを痛感しました。
気づいた時にはすでに悪化。早期発見が難しい猫の腎臓病
これほどまでに猫の飼い主さんたちが応援してくださる背景には、「猫の宿命」とも呼ばれる、猫と腎臓病の深い関係があります。猫は他の動物に比べて腎臓病にかかりやすく、死因の上位になっているものの、なぜ猫に多いのか、そのメカニズムはよくわかっていませんでした。そして、腎臓病を発症すると完治は望めないため、だんだん弱っていく愛猫の姿を見ながら、症状の悪化を少しでも遅らせるための対症療法を続けるしかないのが現状です。
また、腎臓病は早期発見が難しいという厄介な一面もあります。猫も人と同じで腎臓が2つあり、腎機能が5割低下しても目に見える症状が現れないためです。獣医学では猫の腎臓病の進行度をIRIS(the International Renal Interest Society)という国際獣医腎臓病研究グループのガイドラインに従って4つのステージに分類していますが、多飲多尿などの症状が現れて飼い主さんが気づく頃には、すでにステージ3あたりまで進行しています。ステージ4になると体重減少、食欲の減退、貧血、全身性の炎症など尿毒症に伴うさまざまな症候が現れて、急激に悪化していきます。