けれども、AIMが機能しない猫では、ごみがどんどん溜まって詰まりが解消できないまま、ネフロンが1つずつ壊れて腎機能が低下していきます。腎臓が機能しなくなると腎不全となり、尿毒症を発症して死に至ります。つまり、AIMが働かない猫は生まれた瞬間から腎臓がじわじわと悪くなっていき、平均して10年以上かけて腎不全を発症する運命にあり、腎臓病は猫という動物にとっての一種の“遺伝病”ともいえるのです。
AIMの効果に手応えあり。いざ! 猫の治療薬開発へ
AIMが機能しないことが猫の腎臓病の原因ならば、機能するAIMを新たに投与してごみを取り除けば、猫の腎臓病を治すことができるのではないか。そう考えた私は獣医師との共同研究で、実際に腎臓病を発症している猫と飼い主さんの協力を得て、試験的に培養細胞に作らせ精製したAIMの投与を行いました。ステージ4の末期で余命1週間と言われ、寝たきり状態だった猫「キジちゃん」は、1回目の投与から症状の改善が見られ、5回の投与後は歩き回り自力で食事が取れるまでに回復。私の予想を上回る効果が得られました。その後も月単位で継続的に投与すると状態は安定し、余命1週間と言われてから、気づけば1年以上が経過していました。
けれども、研究室内でつくれるAIMの量には限界がありました。他の猫への試験的投与や実験に用いる分などもあって培養が追いつかず、しばらく投与できずにいたらキジちゃんは再び急激に悪化して、残念ながら亡くなってしまいました。また、他の猫もAIMを投与すると状態が改善するものの、投与をやめると悪化することが明らかになっていきました。
AIMを安定的に提供できたら、もっと生きられたかもしれない。この研究を通して、腎臓病で苦しむ猫たちと、元気になってほしいと願う飼い主の姿を目の当たりにした私は、猫の腎臓病の治療薬の開発を決心しました。
けれども、AIM製剤の創薬を本格的に模索してみると、一筋縄ではいかないことがすぐにわかりました。タンパク質製剤であるAIMは、一般的な薬のように化学合成ですばやく量産できるものではありません。培養細胞にAIMをつくらせ、何百リッターという培養液から精製して純度を高めて製剤にするためには莫大なコストと年月がかかります。製薬会社に話を持ちかけても、興味をもって聞いてくれるものの、「一緒にやりましょう」という返事はどこからももらえませんでした。
ならば自分たちでなんとかするしかないと、2016年10月に創薬のベンチャー企業を設立。幸運にもスポンサーになってくれる企業が見つかり、手探り状態でしたが、治験薬をつくるためのレシピもほぼ出来上がり、大量生産できるラインも確保でき、全国の獣医師の協力によって、腎臓病のどのステージでAIMを投与するのが臨床試験(治験)に最も適しているかについてもほぼ確定することができました。2020年3月の段階で、あとは出来上がったレシピで治験薬をつくり、国から承認を受けるための本格的な治験を行う段階までたどり着いていた矢先に、新型コロナウイルス感染症が国内外に広がり、社会全体が経済的な打撃を受けました。その影響はスポンサー企業にも及び、資金提供がやむなく停止となったことで、あと一歩までこぎ着けていた猫の腎臓病治療薬の開発を中断せざるを得なくなってしまいました。
そんな時に、寄付という形で皆さんから熱い支援をいただくことになったのです。この厚意を無駄にすることがないように、一日も早く薬を完成させなければと身が引き締まりました。
世間をも動かした猫の飼い主たちの熱い思い
皆さんからの寄付が大きな原動力となり、猫の腎臓病治療薬の研究・開発は近々再開できる目途が立っています。また、この寄付の輪の広がりがさまざまなところで報じられ、注目されたことによってさらなる追い風が吹き、企業からの多額の支援や、以前は消極的だった製薬会社から協力の申し出もいただきました。
これは、飼い主さんたちの熱い思いが世間を動かしたことにほかなりません。そして、開発中断という足踏み状態から抜け出させてくれ、治療薬の完成を確実に早めました。現状では2年以内の完成を目指しています。寄付していただき、研究費が増えたことで、今まで開発していたAIM製剤の品質などをさらにアップグレードすることができ、よりよい形で猫の腎臓病の治療薬が提供できます。
また、今回の治療薬開発と並行して、健康な猫が腎臓病にかからない、かかりにくくする方法も模索してきました。猫は生まれながらにしてAIMが機能していないわけですが、AIMを活性化できれば、腎臓病の予防効果も期待できます。「果物の王様」といわれるドリアンから抽出した成分がAIMを活性化させることがわかり、それをもとにAIMを活性化させる有効な成分にたどり着くことができました。もともとはヒトサプリ用に研究開発しているこの成分を配合したキャットフードやおやつを、現在ペットフードメーカーと開発中で、来春までの製品化を目指しています。