ドラフト制度の成立
ドラフトの制度は、1936年全米プロフットボールリーグ(NFL)コミッショナーのバート・ベルの独創的発想から生まれた。当時はテレビが家庭に普及しておらず、プロリーグは収入の大部分をチケット販売に依存していた。中でも、NFLは試合数が少ないために、球場を毎試合観客で満杯にすることが最も重要な施策であった。球場を観客で埋め尽くすには、試合が面白いに違いないと、観客に期待してもらわねばならない。観客が期待する手に汗握る緊迫した試合展開は対戦する2つの球団の戦力が等しい時に実現しやすい。そこでベルは、球団戦力の均衡を図る目的で、前年度最下位のチームから順次新人選手を選択する制度を採用した。この制度の下では、選抜第1位の選手の契約金を最高額に設定し、2位以下を順次漸減することにより、選手契約金の抑制が可能だ。
経営者側に有利な制度であるドラフトを、全米プロバスケットボール協会(NBA)と北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)がNFLに続いて採用するが、MLBの導入は1964年まで遅れた。その原因はファーム制度にあった。ファーム制度が確立していなかった(今でも確立していない)NFLとNBAは、大学の選手に即戦力を期待せざるを得ない。球団が最も弱い所を新人選手で穴埋めするので、ドラフトが戦力補強に直結する。
一方、ファーム制度が完成しているNHLとMLBは、戦力の均衡よりも、新人選手契約金の上昇を防ぐことに重点を置いてドラフトを導入した。ファームを経験していないMLB選手が極めて少ないことからも、MLBがドラフトを戦力の均衡の手段にしていないことが理解できる。
このように、ドラフト導入の経緯と理由がリーグの間で若干異なっていても、アメリカのプロリーグは、前年度最下位のチームから新人選手を採択する理念を共有している。
日本のプロ野球(NPB)は、MLBが導入した翌年の65年に、ドラフトという名のシステムを取り入れた。NPBは、MLB同様、戦力の均衡よりも契約金抑制を重視したが、実際に採用したのは、前年度成績に関係なく自由に選手を指名し、複数球団競合の場合に抽選を行う仕組みだった。NPBのドラフトは最初からアメリカ方式と異なるものだったし、戦力の均衡を維持する精神から逸脱していたが、93年の逆指名や2001年の自由獲得枠が実施されるに至って、本来のドラフトの理念は完全に形骸化してしまった。希望入団枠が論外だったことは言うまでもない。
ウエーバー方式とは
各球団が雇用できる選手の数には上限があるので、傘下人数の枠を超えるか、戦力外の選手が生じた時、球団は選手の契約解除(ウエーバー)を申し立て、選手の他球団への譲渡手続きを取ることになる。譲渡受け入れ球団が現れ、それが複数の時、前年度下位チームに優先順位が与えられる。このことから、前年度の成績下位球団に優先順位を与えることをウエーバー方式と言っており、アメリカのドラフトをNPBでは完全ウエーバー式ドラフトと呼んでいる。選手に球団を選ぶ権利を与えるとどうなるか? 同世代のトップ選手の数は限られており、労働市場が自由競争の下では、契約金や年俸の高騰は避けられない。表向きの約束に加え、表に出せない金銭的約束を交わしてでも選手獲得に乗り出す球団が出てきても、決して不思議ではないからだ。そのために、長い間、裏金の存在が指摘されてきた。
プロリーグの新人選手採用、すなわち、ドラフトは一般企業の新入社員採用に相当し、収入を生まない。経費項目である。普通、企業は経費に対しては手続きを簡単にして、極力お金やエネルギーをかけないことを鉄則としている。しかし、NPBは、原則を無視して、ドラフトに莫大なエネルギーとお金をかけてきた。
アメリカのドラフトの下では、特定の希望する選手獲得が保証(guarantee)されていない。保証のないものにお金を使うことはないので、新人選手に裏金を払うはずがない、というのがアメリカ人の一般的意見である。しかも、不正に対して、コミッショナーが科す複数年のドラフト除外と多額の罰金が、裏金に対する防止策となっている。
導入の問題点
アメリカのドラフト方式を採用すると、選手が入団を拒否するのでは、との意見が必ず出てくる。これに対しては、ドラフトを日本以外の国に広く開放して、入団の競争を高めることで対応できる。NBAの例が顕著だ。30球団のNBAの登録選手総数は360人。毎年約1割が退団・入団する。40人足らずの採用に、世界中から新人選手が殺到し想像を絶する競争となる。日本が生んだ天才バスケットボール選手の田臥勇太ですら、NBA選手になれないことが、競争の激しさを証明している。かかる環境では、入団拒否が起こる可能性は皆無に等しい。
また、アメリカのドラフト方式では優先順位を上げるために、故意に勝負を捨てる球団が出てくると指摘する意見もあるが、これに対しても、NBAの「くじ引き」方式が参考になる。NBAでは2つのグループに分かれてドラフトが行われる。最初は、プレーオフに進出しなかった14球団の間で、次にプレーオフ進出の16球団で行われる。例えば、最初の14球団では、各球団に色の異なるボールが与えられる。最下位の球団は14個、次に13個、順に減らし、最上位球団は1個。そして、すべてのボールの中から1個取り出して順番に新人選手を選択する。くじ引き方式だから、故意に負けて最下位になっても1位の選択権が保証されていない。むしろ、最下位になってファンに見捨てられるリスクの方が高いので、わざと負ける球団は存在しない。
球団戦力の均衡と新人選手契約金の抑制のために、ドラフトを活用すべきにもかかわらず、NPBの球団は、甲子園や神宮のヒーローを戦力補強よりも、ややもすると、客寄せの道具に使うことが多々あった。実力が備わっていないのに人気が先行して、途中で挫折した選手を数多く見てきた。
裏金の存在が発覚した今、裏金を防ぎ、かつ、最小限の経費で済む完全ウエーバー式ドラフトを直ちに導入することが、NPBがファンの信頼を取り戻す最善の策と考える。