彼らは口をそろえて言う。「Japan is cool!(日本はカッコイイ!)」と。
これら日本で生まれた新時代のカルチャーは、世界からどのように見られ、どんな可能性を持っているのだろうか。
ニッポンは聖地!?
2006年6月、16歳のフランス女性2人がベラルーシで身柄を拘束された。ビザを持っていなかったためだ。彼女たちが目指していたのは、ニッポン。アニメをこよなく愛する2人は、ニッポンを聖地と信じ、陸路を東へ東へと向かったという。かつて萩原朔太郎は「ふらんすへ行きたしと思へども、ふらんすはあまりに遠し」と詠った。フランスがあこがれだった。それから93年、今度はフランス娘にとって日本が憧れとなっていたのだ。日本のマンガや映像などをパリで紹介するイベント「ジャパン・エキスポ」は、1999年の初回には来場者3000人だったが、2007年7月の回では8万人に上った。07年8月、名古屋で開催された「世界コスプレサミット2007」では、12カ国での予選を勝ち抜いたチャンピオンたち14チームが集結し、コスプレの頂点を極めるバトルを展開した()。
日本のイメージの変容
ハラキリ、カミカゼという「闘う国家」や、自動車、家電などの「闘う企業」に代表されてきた日本のイメージは、マンガ、アニメ、ゲームの登場人物やキャラクターに取って代わられた。大衆の流行文化、いわゆるポップカルチャーが日本の顔となっている。世界のテレビアニメの60%が日本製だ。ポケットモンスターは世界67カ国で放映されている。日本のゲームの70%が海外に出荷されている。アジアでは日本のアイドル歌手が熱烈なファンを獲得している。日本語の「マンガ」が外来語として定着して、「オタク」、「カワイイ」という日本語も通じるようになってきている。以前はヨーロッパでもアメリカでも、日本のマンガは現地化されるに当たり、左右反転して左とじ印刷されていたが、最近は「本場」モノと同じく右とじの翻訳本が主流となっている。西洋人は有史以来初めて右手で本をめくっている。
これは、書物やテレビだけの話ではない。回転寿司やカラオケは海外でもなじみの風景となった。日本食は健康食としてブームだ。携帯電話(ケータイ)で文字を読み書きしたり、写真やビデオを送ったりする姿は、世界をリードする若者文化として紹介されている。女子高生の制服など独特の若者ファッションも注目されている。こうした風俗やライフスタイルといったものも含め、日本の文化が何やら格好いいもの、「クール」というイメージを持たれてきている。
テレビゲームが浸透して、日本のアニメが高視聴率を稼ぐようになったのは、1990年代のこと。つまり、日本がポップで楽しいというイメージが行き渡ったのは、われわれが自らのことを「失われた10年」と呼ぶ期間のことだ。失ったと思っているうちに、外国から別のイメージで見られるようになっていたのだ。
そしてそれは、最近になって突然身につけた力ではない。12世紀の鳥獣戯画に現れているとおり、数百年、いや、1000年以上の歴史のうちに、培ってきたものだ。庶民の審美眼と表現力として育んできた文化が、21世紀になって海外から評価されたということであろう。
国家戦略としてのポップカルチャー
これら大衆流行文化は、産業としても期待されている。情報エンターテインメント市場12兆円のうち、マンガ、アニメ、ゲームの占める割合はわずか1割だが、これを利用した音楽、キャラクター商品などのビジネスを含めると3兆~5兆円の市場とされる。さらに、デザイン、建築、観光などの関連市場や波及効果を合わせれば、100兆円の産業領域を形づくっているとの見方もある。特に外国市場の成長が期待されるが、その背景には、デジタル技術の進展がある。日本は、ブロードバンド・インターネットの先進国。光ファイバーの普及率は世界一で、ケータイの先進国でもある。デジタル・メディアが、世界に広がっていく際、その上で行き交うのは若者中心の情報文化だ。それがいま日本で先行的に増殖しているというわけだ。
国としてポップカルチャーに期待がかかるのは、経済面だけではない。文化への理解の向上を通じた国際政治面への影響も期待される。軍事や経済による強制力であるハードパワーに対して、文化などの魅力による外交力を「ソフトパワー」と呼ぶが、ポップカルチャーは日本のソフトパワーの源だと評価されているのだ。アニメの登場人物が、果たして海外との政治摩擦を解消してくれる力を持つのかは議論があろう。でも、文化の魅力が国のイメージを上向きにする効果は無視できまい。
そこで、国も産業面、文化面で後押ししようとしている。少し前までは、マンガやゲームといえば、青少年の教育上好ましくないものとして、規制の対象として考えられていたのだが、いまや知的財産立国の中心的な役割を果たす希望の星とみなされている。
課題もある。アニメやゲームは産業基盤が決して強くない。アメリカの攻勢やアジアの追い上げも激しい。国際競争力が維持できる保証はない。これをどう強化していけるのか。ブロードバンドやケータイといった新しいメディアの上で、新しいジャンルの表現を開発していくことができるか。
これまでの、アナログの1000年によって築いてきた力を、これからの、デジタルの1000年に受け継いでいく方策が求められている、と言えよう。