「王子」ブームの到来
この1年「王子」人気が社会現象となっている。きっかけは2006年夏の高校野球第88回甲子園大会。37年ぶりの決勝再試合という大ドラマで、早稲田実業のエース・斎藤佑樹投手が、時に青いハンドタオルで汗をぬぐいながら力投し勝利した。その礼儀正しさや端正な顔だちとあいまって、マスコミから「ハンカチ王子」と名付けられ、早稲田大学進学後も多大な注目を浴び続けている。07年にはもう1人の「王子」が生まれた。5月にゴルフの国内男子プロツアーで、高校1年・15歳の石川遼君が史上最年少、かつアマチュアとしては約4半世紀ぶりの優勝を飾ったのである。実況アナウンサーが「笑顔がすてきなハニカミ王子」と評したことから、この愛称が瞬時に定着した。
爽やかなハンカチ王子とハニカミ王子――付加される語もいささか昔懐かしい響きだが、なぜ今「王子」が求められるのか? 「微笑みの貴公子」、ヨン「様」への熱狂を生んだ、ここ数年の韓流ブームとの共通性を指摘する向きも多い。ここで少し近年の「ヒーローの系譜」を振り返って考えてみよう。
アイドル王道路線が困難に
一時期は「王子様」といえばジャニーズ系アイドルの専売特許で、ローラースケートで疾走する光GENJIがその典型だった。この定型を崩したのが1990年代のSMAPで、美形スターという中核を保ちつつも、かぶりものでコントをするなどお笑いに進出し、多面的な魅力でアイドルの枠を広げる。ジャニーズ人気は定着しているが、かつてのようには世代交代が進んでいない。「anan」恒例の「好きな男」ランキングでは、既婚者である木村拓哉(キムタク)が2007年度も14年連続で1位、他のSMAPメンバーも全員、上位に入った。振り返ってみると、キムタクが初めてトップに立った1994年は、90年代初頭のメガヒット現象(トレンディードラマ+タイアップ曲のミリオンセラー)が引き続くとともに、いまだインターネット前夜である。この後に来たIT革命による爆発的なメディアの多様化が、彼のような国民的スターの新たな誕生を著しく困難にしたことは間違いないだろう。
中高年女性が生んだ「貴公子」
2003年ころから本格化した韓流ブームは、その新しさから確かに社会現象として注目を浴びたが、実際の中核的な担い手は中高年層の女性に限定されていた。キムタクのカッコよさは認める男性たちも、ヨン様の魅力に関しては「?」だったのである。だが、このブームは、それまで若者をターゲットとしてきたマスメディアにとって、従来取りこぼしがちだった大きな鉱脈の存在に振り向かせる機会となった。中高年女性が青春の夢をもう1度仮託できる「貴公子」へのニーズが、ここで大きく浮上してくる。
だが、繰り返せば、メディアの多様化が進んだ現在、俳優・ミュージシャンを含め、芸能界からは国民的な大スターが出にくくなっている。これに対し、勝敗という一元的尺度があるスポーツ界については話が別で、全世代的なヒーロー/ヒロインを継続的に生み出しうる、ほぼ唯一の領域として存在感を増してきた。その年の世相を映す新語・流行語も、1990年代前半の「Jリーグ」や「イチロー」以降、「自分で自分をほめたい」「メークドラマ」「リベンジ」「チョー気持ちいい」等々、スポーツ界に由来するものが非常に多くなっている。「失われた10年」の中で、人々が前向きな元気をもらうことのできる最大のフィールドだったのだ。
端正な王子は「理想の息子像」
ハンカチ王子もハニカミ王子も、こうしたスポーツ・ヒーローへのやむことない期待から生み出されたといえる。停滞気味だった大学野球やアマチュアゴルフ人気の救世主、さらに多大な経済効果という実質的な意味合いも強い。だが、「王子」という彩りは確かに新しい。一つの要因として、韓流ブームと同様、端正なジェントルマンを好む女性的視線が大きく作用していることは間違いないだろう。だが、ヨン様とまったく同質な疑似恋愛の対象としての人気かといえば、そうではないように思われる。
甲子園での優勝後、斎藤投手の両親の元には「どのように子どもを育てたのか」という取材が殺到したという。こうした声に応え、2007年3月に『佑樹─家族がつづった物語』(小学館)が出版された。2人の王子の礼儀正しさが強調されることからみても、中高年女性たちは「白馬に乗って迎えに来る貴公子」というより、理想の息子像をみているのではないだろうか。
ほぼ10年前に起こった神戸連続児童殺傷事件から、青少年に関しては「14歳」「キレる」など、殺伐としたイメージばかりが流布してきた。マスメディアを始めとする大人世代には、若者を一種のスケープゴートにして暗い世相への鬱屈(うっくつ)感を晴らす、といった社会心理が働いていたようにも思われる。
だが、日本経済もようやく回復基調に入るとともに、人口減少時代の到来を迎えて、人々も次世代への希望を高く掲げようという気分になってきたのではないだろうか。
アンチヒーロー的存在である亀田3兄弟にも共通するが、今「家族の絆(きずな)」への回帰が強く求められている。そして「王子」とは、何よりも古き良き王国を継承する存在なのだ。