セレブのその上、社交界
シーズンごとに新たなトレンドを生み出すファッションは、変化と革新の象徴のように言われる。にもかかわらず、21世紀に入って以来、ファッションは保守的な傾向を強めている。ここ数年のトレンドは、日本では、可愛くリッチな「お嬢さんエレガンス」。ヨーロッパやアメリカでは「セレブリティー」に続き、「ソーシャライト」が注目されている。「ソーシャライト・プリンセス」という言葉まで生まれ、クラス感と経済力をもって、差別化する動きが顕著になってきた。権威や権力に抵抗し、古い流れを打ち破った「フリーダム」の1960年代から半世紀、ファッションは再び、権威や格式を求める方向へ向かい出している。ソーシャライト・プリンセス
そもそも、2000年から流行していた「セレブ」が、上昇志向に弾みをつけた。デカサングラス、限定ジーンズなど目立つアクセサリーやブランド物をさりげなく合わせる「セレブカジュアル」は、「あこがれと注目を集める有名人」をお手本にしたスタイルで、自己表現と自分を引き上げて見せたいというファッションのひとつの側面を強調したものだった。だが、07年に台頭してきたのは、ワンポイントのリッチではとうてい間に合わない「ソーシャライト」である。本来は、ヨーロッパの階級社会の頂点にそびえる、貴族や上流社会における「社交界の華」を指す。だが、現在は、主にアメリカのスーパーリッチの娘たちを取り上げるキャッチフレーズとして、頻繁に使われている。貴族がいないアメリカ社会での頂点は、限りない富の所有者だ。
ハリウッド風の派手な着こなしや、モデル、歌手などが牽引(けんいん)してきた「セレブブーム」の後、スポットライトを浴びたのは、メロンやヴァンダービルト財閥などの半端ではない経済力と家柄、それを背景に慈善活動などの社会貢献をする、特権的なクラスの娘たちである。なかでも、ファッションアイコンとなっているティンズレー・モティマーは、「ソーシャライト・プリンセス」と呼ばれ、金髪の縦ロールヘア、フリル付きのブラウスなどを好む、保守本流のファッションで知られている。日本のバッグメーカー「サマンサタバサ」はヴィクトリア・ベッカムに続いて、彼女をブランドプロモーションの顔として起用した。それは、現在の「ソーシャライト」の軽い存在感と、ファッションにおける女性像の、コンサバティブ化の傾向を物語っている。
フェミニンな王子
お嬢様に続く、プリンセス志向は、アイドル的な男子を指して「王子」という、ノリとも共通したものだ。日本の若年層の男性ファッションは、独自のセンスと完成度の高いカジュアルな着こなしで世界的に評価されている。そのボーイズファッションで、女性化の傾向が強まっている。例えば、最近、市場規模を広げてきたメンズジュエリー。襟まわりのピンなどの軽いアクセサリーは、クールビズに伴い、若いサラリーマンから支持を集め、ボリュームのある高価なジュエリーは中年層が中心と、ターゲットの特性が鮮明になってきた。そして、最もおしゃれな若い層では、女性物の華奢(きゃしゃ)で安価なリングやピアスを選ぶ傾向が強くなっている。「クロムハーツ」などのリーディングブランドの人気が一段落し、デザイン性豊かな女性物への関心がペア需要ではなく高まっているのだ。女性のジュエリーはころんとした力強いボリューム感へと変化しているのに対して、ボーイズは、これまでのメンズにはなかった、細く小さなフェミニン感覚へ走り始めている。コレクションに登場するメンズモデルも、一時期のマッチョなタイプとは逆の、骨細の少女のような少年モデルが注目されている。ゲイカルチャーやホモセクシュアルの禁忌が薄れ、エンターテインメント化する背景で、レディース同様、メンズにも、成熟化と同時に分化が始まってきている。
ブラックリッチの登場
このところの、ラグジュアリーブランドの高額化戦略も、進行する格差の現実をとらえたものである。ブランド物が行き渡り、役職などにつく高額所得の女性も、キャリア1年目のOLも同じバッグを持つという状況が当たり前になったため、高額化による差別と、いっそうの付加価値を目指し踏み出した。きっかけは、「ボッテガヴェネタ」のめざましい成功例である。広い層を取り込むため、不可欠であったエントリープライス(安価な入門価格)を設けず、アイテムによる価格が設定された。バッグは30万円以上、服は100万円近くの、クチュールに近い価格は、従来のラグジュアリーブランドの2倍以上の価格設定である。管理職や高額所得者のステータスシンボルとして、ブランドビジネスは新たなスタートを切った。世界的な経済格差が生まれているなかで、ブラックリッチと呼ばれる高額所得者も増加。伊勢丹に象徴される、高額所得者に絞った品ぞろえや顧客獲得のシステムも増えてきた。高収入、高ステータスの向こう側に、幻のように見えるのは、王子とプリンセスだろうか。