強行指名なし
どうやら日本のプロ野球は、崩壊へ向けての序奏を奏で始めたらしい。社会人野球ナンバーワンで、プロ即戦力と評価されている新日本石油ENEOSの田澤純一投手が、日本のプロ野球を飛び越えてアメリカのメジャー入りすることになった。
かねてよりメジャー入りの希望を表明していた田澤投手だったが、ドラフト対象選手には日米の野球界が互いに手を出さないという「日米紳士協定」があり、もしも日本のプロ球団のどこかが彼を指名していたなら、メジャー球団は獲得交渉に動けず、指名球団の交渉期間が終わるまで、田澤投手は最低1年間メジャー入りすることができなかったはずだった。
もちろん、その交渉期間が切れたあとに別の日本の球団がドラフト指名すれば、田澤投手は再び1年の交渉期間切れを待つか、あるいは指名球団といったん入団契約をしたあとポスティング制度の利用を認めてもらい、入団した日本球団との交渉に応じたメジャー球団に入る以外、アメリカへ渡る道はなかった。
ところが、2008年秋のドラフトで、彼を指名する日本の球団が1球団も現れなかった。そこで田澤投手はFA(フリーエージェント)選手扱いとなり、自由にメジャー球団と交渉することが可能になって、3年契約、300万ドル(推定)でボストン・レッドソックスに入団することが決定した。
加速する人材流出
なぜ、日本のプロ球団は、彼を指名しなかったのか?本人のメジャー入りの意志が強く、それでも指名を強行すれば、若い選手の夢を壊すことになるから…という理由なら、いかにも田澤投手の意志を尊重したヒューマンな行為にも思える。が、日本のプロ野球は、それでいいのか? このような「意志」を黙って認め続けるだけでは、今後、日本のアマ球界の有力選手は、日本のプロ野球を無視して次々とメジャーに流出してしまうだろう。そして、日本のアマチュア野球は、メジャーリーグの「選手養成所」になってしまう。
では、どうすればいいのか?
プロ野球の関係者のなかには1962年に定められた日米間の「紳士協定」を見直し、日本のプロ野球のドラフト対象選手(高校、大学、社会人野球の出身者)が直接アメリカに渡ることのできないよう、厳格な協定(ルール)を新たに定めるべきだ、という意見がある。が、そんな保護主義的な考えは、国際化の時代にもはや通じない。
「メジャーに行きたい!」という選手の意志と行動を縛るのは、人権問題とも言える。
「目標」と「意志」の不在
ならば、どうすればいいのか?答えは簡単。日本のプロ野球を、メジャー以上に魅力的なものにすることだ。
スタジアムも、選手の年俸も、ファンの熱狂ぶりも、すべてにおいて、メジャー以上とまでは言えないまでも、少なくとも肩を並べるほどに、そして多くの選手が(外国人選手も含めて)「日本でプレーしたい!」と思うような野球環境を整えることだ。
そんなことが可能なのか? もちろん、それは容易ではない。メジャーリーガーの平均3億円という年俸を、日本のプロ野球界がすぐに支払えるようになるとは思えない。また、広大で美しく、ロッカールーム等の設備も整ったメジャーのスタジアムに劣らない施設を造るのも簡単なことではない。
が、まずは、そのような日本球界の目標と意志を示すことが急務ではないか?
日本のプロ野球界は、はっきり言って、「全体の意志」を持っていない。各球団がバラバラに、自分さえ良ければそれでよい、という姿勢で動いている。だから、10年後の目標もなければ、20年後の青写真もない。ただ毎年ペナントレースを消化するだけで、ファンを増やす計画もなければ、球団を増やす計画もない。そんなことでは、アマの有力な選手が日本のプロ野球に魅力を感じるわけもない。
まずは、プロ野球界全体として、大きな明るい未来像を描くこと。そして、その目標に向けて歩み始めること。それ以外に、メジャーを志向する選手たちの気持ちを引きとめる方法はあるまい。
ところが、アメリカのメジャーリーグのほうが、そのような「青写真」を、日本を舞台に描き始めたというのだ。
滝鼻発言とWBC
08年秋のドラフト会議前に、新日本石油ENEOSの田澤純一投手が、メジャー入りを表明したとき、巨人の滝鼻オーナーは、鼻息荒くこう言い放った。「もしもメジャーが日米紳士協定を破って田澤投手を獲得したら、日米の野球は、国交を断絶する!」
ところが実際は、すべての日本のプロ球団が、この社会人ナンバーワン投手を指名せず、指をくわえてメジャー(ボストン・レッドソックス)入りを黙認した。
「国交断絶!」とまで言っていたにもかかわらずこの体たらくは、巨人の内部事情にも起因する。
というのは、09年3月に開催される第2回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のアジア予選を、読売新聞社が主催するからだ。メジャーリーグの主導で開催されるこの世界大会を、巨人の親会社が主催するわけだから、「国交断絶」などできるはずもないのだ。
拡張を続けるMLB
アメリカのメジャーリーグ(MLB)は、「エクスパンション」(拡張政策)を延々と続け、半世紀前の1958年には16球団だったチーム数が、今では30 球団にまで増えた。この拡張は現在も継続し、多くのアメリカ国内の都市が、新球団の受け入れを表明している。と同時に、MLBは海外への拡張も計画し、最近では日本国内で公式戦を行うようになったうえ、MLBジャパンが少年野球教室を開催するまでになった。そしてMLB内部には、数年後、おそらく第3回WBCが日本で開催される2013年に、メジャーリーグ極東地区を設立する計画もあるという。
将来的には韓国、中国、台湾も巻き込む予定だが、とりあえずは野球人気の高い日本で6球団のリーグ戦を開始し、アメリカ本土のチームとは交流戦の形式で、おそらく開幕前とオールスター戦前後に何試合か行い、極東地区で1位になったチームは、ナショナル・リーグとアメリカン・リーグのワイルドカードでプレーオフ進出を決めた2チームのうち、勝率の低いほうのチームと戦い、勝ち進めばワールドシリーズへの道も開けるようにするらしい。
つまり、近い将来、日本のプロ野球は「6球団1リーグ制」のメジャーリーグに再編成されるかもしれない、というのだ。が、これは、かつてプロ野球選手会がストライキを行ったときの「1リーグ化」を唱えたオーナーたちの考えに非常に近いものといえ、おそらくこのMLBの「拡張と進出」を歓迎するオーナーたちも何人か現れるだろう。
ドラフト
日本では、主に「新人選手選択会議」を指す。MLBでは、ほかに他球団のマイナー選手を指名する「ルール・ファイブ・ドラフト」や、新規参入球団に既存チームから選手を分配する「エクスパンション・ドラフト」などがあり、日本でもチーム合併に伴う余剰選手の分配を目的とする「選手分配ドラフト」や、支配下登録選手枠65人を超えて選手を獲得したいときに採用する「育成選手ドラフト」がある。アメリカンフットボールのプロリーグ「NFL」が1936年に始め、他のスポーツにも広がった。MLBと日本のプロ野球は65年から採用。日本では目まぐるしく制度が変わったが、メジャーは一貫して下位チームから順に指名する完全ウェーバー制(イミダス編)。
ポスティング制度
メジャー球団による日本プロ野球所属選手への入札制度。主にFA権を持たない選手がメジャー移籍を望んだとき、所属球団の了承を得て行われる。その際、所属球団はコミッショナー事務局を通じてメジャーリーグ機構に当該選手を通達。メジャーリーグ機構は全30球団にこれを告知する。当該選手に興味がある球団は、機構側に入札額を提示。単独ならそのチームが、複数球団が応札した場合は最高額を提示したチームが、日本側球団との交渉権を得る。選手はFA権取得前の全盛期に移籍できるが、移籍先を選べないことや、日本の所属球団が落札した球団との交渉を拒否できるなど、問題点も多い(イミダス編)。
FA
フリーエージェント(Free Agent)。本来は、所属球団との契約が終了し、どの球団とも自由に入団交渉・契約ができる状態のこと。日本でいう「自由契約」(実質的には解雇)もこれに含まれるが、日本では、自由に移籍できる権利と考えられている。メジャーでは6年で取得できるが、日本では、国内移籍で最短8年(2007年以降の入団選手は1年短縮)、海外移籍は9年かかる(イミダス編)。
WBC
ワールド・ベースボール・クラシック(World Baseball Classic)の略称。メジャーリーグコミッショナー、バド・セリグの提唱により、メジャーリーガーも参加する、オリンピックに代わる野球界最高峰の国際大会を目指して発足。2006年に第1回大会が開かれ、王貞治監督率いる日本が優勝した。第2回は2009年に開催される。開催時期や投手の投球数制限、複数の国の代表資格を持つ選手など、まだ解決すべき問題は多い(イミダス編)。
メジャーリーグ極東地区
千葉ロッテのボビー・バレンタイン監督や、作家のロバート・ホワイティングなどが言及している。具体的な構想や進捗(しんちょく)状況については、まだ伝聞・推測の域を出ないが、2008年11月24日、大リーグ、ピッツバーグ・パイレーツがインド出身のリンク・シン、ディネシュ・パテル両投手とマイナー契約したことが報じられた。2人は野球経験がほとんどなく、野球選手発掘を目的としたインドのオーディション番組で3万人の応募者の中から選ばれたのち、アメリカに渡って名コーチのもとで半年ほど訓練を受け、11月12日のトライアウト(入団テスト)で結果を出したのだという。これを見ても、メジャーが本気で世界戦略を展開しつつあることがうかがえるだろう(イミダス編)。